樹里ちゃん、お盆に帰省する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
五反田氏は邸に勤務している人全員に夏季休暇を一週間続けて取るように指示し、自分達は渡米しました。
一ヶ月間、留守にするそうです。
但し、警備員さん達は交代勤務が決まっており、ライブに彼女と行くつもりだった人は涙を呑んで当直です。
五反田氏の意外なところでの鬼ぶりがわかった地の文です。
「違います! 私が勤務表を見間違えただけです!」
必死になって雇い主を庇う健気な警備員さんです。
樹里達は自分の休暇が終わったら、邸に出勤して、いつも通りに仕事をする事になっています。
「サボってもわからないですよね」
早速、悪巧みをするその他のメイドです。
「目黒弥生よ! チクるの、反対!」
五反田氏に伝えようとした地の文に涙目で切れる弥生です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
こうして、樹里達は祖母の美玖里が経営するG県のI温泉の御徒町旅館に行く事になりました。
美玖里が聞きつけて、
「絶対にウチに来なさい!」
強制したのは内緒です。
「内緒にしてねえだろ!」
すぐにバラしてしまうのは玉に瑕の地の文に切れる美玖里です。
「それから、あのバカ娘にも来るように伝えて。携帯の電源を落としていて、連絡ができないから」
美玖里は娘の由里の所業に怒り心頭です。樹里が由里に伝えると、
「行くよ。あのババア、怒らせると面倒だからね」
早速美玖里に教えようと思う地の文です。
「あんた、命がいらないようだね?」
由里に凄まれて、漏らしてしまった地の文です。
由里も一緒に行くと聞き、不甲斐ない夫の杉下左京は大喜びしました。
「……」
してはいませんが、「していねえよ!」と切れると、由里が怒るので、何も言いませんでした。
「お義母さん、お久しぶりです」
左京は当日、顔を引きつらせて言いました。
「久しぶりね、左京ちゃん」
いつものようにウィンクをして応じる由里です。ヤキモチ妬きの夫の西村夏彦は前の夫の赤川康夫と留守番です。
「わーい、また露天風呂に入れる!」
長女の瑠里と次女冴里は大喜びです。
「わーい!」
三女の乃里も喜んでいます。
「わーい!」
四女の萌里はよくわかっていません。
「では、出発しますよ」
ゴールデンレトリバーのルーサはケージに入れられて最後部にいます。
「ワンワン!」
ルーサは、
「安全運転でお願いします」
そう言っているかのように吠えました。
後部座席には瑠里と冴里、中部座席には萌里と乃里と由里、運転席には樹里、助手席には左京が座りました。
樹里はミニバンを発進させました。抜け道マップのバイトをしていたおかげで、いつも渋滞に巻き込まれずに関越自動車道に乗りました。
そして、関越道も早く乗れたおかげで、予定時刻より早めにI温泉へ到着しました。
「早かったねえ、さすが樹里だ」
出迎えた美玖里が絶賛しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「それと」
美玖里は仏頂面で立っている由里を見ました。
「よく来たね、バカ娘」
美玖里が言いました。
「ああ、来たよ、クソババア」
由里も負けていません。
(怖い! 怖過ぎるーっ!)
横で見ている左京は震えそうです。
「取り敢えず、荷物を部屋に置いて来な。そしたら、すぐにお盆様をお迎えに行くから」
美玖里はそれだけ言うと、スタスタと旅館の中に行ってしまいました。
「樹里、大丈夫かな、美玖里さんと由里さん」
左京が樹里に小声で尋ねました。
「大丈夫ですよ」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開です。
「そうなんですか」
左京は引きつり全開で応じました。
樹里達は大部屋に行きました。
「瑠里達はこっちの大きな部屋で寝泊まりしてください。私と左京さんは別の部屋で寝ます」
それを聞いていた由里が、
「え? 私はどこで寝るの?」
すると、いきなり背後に現れた美玖里が、
「私の部屋で一緒に寝るんだよ、バカ娘」
そう言ったので、
「ひい!」
由里は思わず飛び上がってしまいました。
「さ、こっちだよ」
美玖里に首根っこを掴まれて、由里はずるずると引き摺られていきました。
「いつもは無敵のお祖母ちゃんが、ひいお祖母ちゃんには敵わないんだね」
瑠里が苦笑いして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、左京は引きつり全開です。
(怖いよお。俺、帰りまで身体保つかな?)
心配になる左京です。
荷物を部屋に置き、玄関へ戻ると、美玖里と由里がまだ来ていませんでした。
「悪かったね、待たせて」
美玖里はまた由里を引き摺って来ました。
(何だか、由里さん、可哀想だな)
左京は思いました。不倫するつもりでしょうか?
「しねえよ!」
全力全開で地の文に切れる左京です。
「さあ、行こうかね」
美玖里を先頭に、一同は御徒町家のお墓へと向かいました。
お墓は旅館からそれ程離れていないので、すぐに着きました。
「お祖父さん、やっとバカ娘が来てくれたよ」
美玖里がしゃがんで手を合わせ、お墓に語りかけました。
「早くそっちへ行ってあげればいいのに」
由里が小声で言ったのを聞いてしまった左京は冷や汗が止まりません。
「何だって?」
美玖里が射殺せそうな目で由里を見上げました。由里は顔を背けました。
(心臓が、壊れてしまいそうだ……)
母子の壮絶なやりとりに左京が昇天してしまいそうです。
「さあ、線香を上げるよ」
美玖里は持って来たオガラ(麻の皮をはがした後の芯の部分)を折って積み重ね、そこに火を点けました。そして、線香を束ねて火を点け、樹里達に分けました。
美玖里が最初に線香を上げ、次に由里が上げました。
「さあ、ここへお線香を上げてください」
樹里が手本を示しました。瑠里達はそれに倣って線香を上げました。最後に左京が上げました。
皆、同時にお墓に手を合わせました。
「提灯の蝋燭に火を灯して」
美玖里の指示で由里が提灯の蝋燭に火を点けました。
「さあ、このまま提灯の火を消さないように旅館に帰るよ」
美玖里が由里の提灯を気遣いながら、歩き出しました。
樹里達がそれに続き、左京が最後にお墓を去りました。
旅館に着くと、提灯の火を美玖里の部屋の奥にある仏壇の蝋燭に移しました。
「お盆様をお迎えできました」
美玖里が樹里達を見て微笑みました。
「仏壇にも、お線香を上げてね」
美玖里が瑠里達に言いました。皆、順番に線香を上げました。
「ご苦労様。ご馳走を用意してあるから、広間で食べましょう」
美玖里を先頭に仏間を出て、旅館へ戻りました。
「あれ?」
瑠里は、美玖里の部屋に飾られた写真に気づきました。
(パパに似ている人だ。誰だろう?)
不思議に思いながらも、瑠里は広間へ向かいました。
後編に続くと思う地の文です。




