樹里ちゃん、打ち上げ花火を観る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。樹里達は、五反田邸で催される花火大会に行く事になっています。
「どうしていつも、俺はそういう時に限って仕事が入っているんだ!?」
普段は閑古鳥も鳴かない程仕事がなくて暇な不甲斐ない夫の杉下左京ですが、不倫相手の坂本龍子弁護士が紹介したクライアントのところへ行く事になっています。
「不倫相手じゃねえよ!」
正しい関係を告げた地の文に切れる左京です。
(行きたくねえよお!)
最近、狙いすましたように仕事を入れて来る龍子とは別れようと思っている左京です。
「不倫相手じゃねえから、別れる必要はねえよ!」
更に切れる左京です。
「行ってらっしゃい、左京さん」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で左京を送り出しました。
「行って来ます……」
項垂れて出かける左京です。クライアントは、横浜の人です。急げば花火大会に間に合うかも知れません。
「そうだ!」
急に大急ぎで駅へ走る左京です。
「パパはまたおしごと?」
三女の乃里が言いました。
「そうだよ。きっと、パパはそういう巡り合わせの星の下に生まれたんだよ」
長女の瑠里が非情な事を言いました。
「かわいそうなパパ」
何故かニコニコしていう次女の冴里です。
「そうなんですか」
何もわかっていない四女の萌里は笑顔全開で応じました。
そして、あっという間に夕方になりました。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達が、変則的なスケジュールをどうやって知ったのか、現れました。
「我らは何でも知っているのです」
某私立探偵のように偉そうに言う眼鏡男ですが、つい先日、樹里から聞いて知っているだけです。
「バラさないでください!」
お喋りな地の文に切れる眼鏡男です。
「はっ!」
我に返ると、樹里達はすでにJR水道橋駅に向かっていました。
「お待ちください、樹里様!」
涙ぐんで樹里達を追いかける眼鏡男です。
樹里達は何事もなく五反田邸に着きました。
「それでは樹里様、これにて失礼致します」
眼鏡男達が去ろうとすると、
「皆さんも、花火を観ていきませんか?」
樹里が笑顔全開で言いました。
「ありがとうございます!」
感涙に咽ぶ眼鏡男達です。
こうして、眼鏡男達も花火大会が行われる邸内の大きな池のそばへと行きました。
「樹里さん!」
そこへ騒がしいだけが取り柄のメイドが現れました。
「うるさいわね! 目黒弥生よ!」
正確に描写した地の文に切れる弥生です。
「樹里さん、お久しぶりです」
夫の目黒祐樹もいました。長男の颯太と長女の深紅もいます。
颯太は冴里と同学年の小学四年生です。深紅は四歳で、年少さんです。
「あれ?」
弥生が拍子抜けしています。地の文がレッサーパンダいじりをしなかったせいです。
やはり、いじられたい弥生です。
「違うわよ!」
憶測が外れた地の文に切れる弥生です。
「お久しぶりです、祐樹さん」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、いらっしゃい」
そこへ五反田氏の愛娘の麻耶が、恋人の市川はじめと来ました。
紅天女は諦めたのでしょうか?
「そのマヤじゃないわよ!」
名前ボケをした地の文に切れる麻耶です。
「あともう少しで打ち上げが始まるわ。瑠里ちゃん達、あっちに出店がたくさんあるから、行きましょうか?」
麻耶が言いましたが、瑠里達は樹里を見ました。
「いいですよ、行ってらっしゃい」
樹里は笑顔全開で言いました。
「わーい、麻耶お姉ちゃん、行こう!」
瑠里、冴里、乃里は麻耶達と出店の方へ走って行きました。
「颯太君達は行かないのですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「颯太達は、一足先に出店でいろいろ食べました。すごいですね、全部只なんですよ。さすが、五反田さんです」
祐樹が言いました。由里が聞けば、すぐに駆けつけそうです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「誤魔化すなよ。人の悪口言いやがって!」
どこかで聞きつけ、地の文に凄む由里です。地の文は身体中の水分が蒸発してしまいました。
やがて、空が暗くなって来ました。
「あ、いよいよ始まりますね」
祐樹がずっと樹里と話しているので、口を尖らせている弥生です。
仕方ありません。祐樹はおっぱい星人ですから。
「ううう……」
樹里と比べるまでもなく、胸が貧相なので、項垂れてしまう弥生です。
「祐樹はおっぱい星人じゃないわよ!」
それでも気力を振り絞って、地の文に切れる弥生です。
あなたと結婚したのですから、おっぱい星人ではありませんね。
「ううう……」
また項垂れる弥生です。
「始まった!」
誰かが叫びました。
池の中心にある小島から、ひゅううと音を立てて火が上空へと飛んで行きました。
そして、次の瞬間、大輪の花が夜空に咲きました。それが更に細かく花を咲かせて、見上げている人達の顔を照らしました。歓声が上がり、次の花火が開きました。またどおっと歓声が上がりました。
「綺麗ですね」
祐樹が樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「もう、祐樹ったら、樹里さんとばかり話して!」
弥生が祐樹の脇をつねりました。
「いてて!」
祐樹は顔を歪めました。
「悪かったよ、弥生」
祐樹は弥生を抱き寄せました。
「ちょっと、子供達が見てるわよ!」
弥生は顔を赤らめました。
「綺麗ね」
麻耶ははじめに寄りかかって言いました。
「麻耶ちゃんの方がもっと綺麗だよ」
はじめが麻耶の耳元で言いました。
「やだ、はじめ君たら……」
麻耶は顔を赤らめました。
「キスするのかな?」
それを後ろから見ている冴里が言いました。
「するよ、絶対」
瑠里が言いました。
「きすってなに?」
乃里が訊きました。
「なに?」
萌里が真似して言いました。
「チュウの事だよ」
瑠里が言いました。
「ええ? パパとママがよくしているやつ?」
乃里が目を見開きました。
「そうだよ」
瑠里が答えました。
「じゃあ、まやちゃんとはじめくんはけっこんするんだね?」
乃里が言いました。
「きっとそうだよ」
冴里がキスする二人を見ながら言いました。
「あんた達は、まだ早い」
瑠里が乃里と萌里の目を塞ぎました。
「そうなんですか」
乃里と萌里は笑顔全開で応じました。
結局、左京は花火大会に間に合いませんでしたとさ。
めでたし、めでたし。