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樹里ちゃん、うなぎを食べにゆく

「樹里、大きな仕事で結構な報酬が入ったので、明日、うなぎを食べに行かないか?」


 不甲斐ない夫の杉下左京が、オレオレ詐欺の手口のような事を言いました。


「違うよ! 本当の話だよ!」


 普段、不甲斐ない仕事しかしていない左京なので、信頼度ゼロなのです。


「うるせえ!」


 容赦ない地の文に切れる左京です。


 といったところで。


 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 この始まり方でないと、気持ちが乗らない地の文です。


 そんなこんなで、左京の言葉を信じた樹里は、娘達と共に家の近くにある老舗の鰻料理店に行く事にしました。


 そして、次の日です。本日は土用の丑の日です。平賀源内という口のうまい男が広めた「土用の丑の日にうなぎを食べる」という信心にも近い話は、実のところ、何の意味もない事です。


 そもそも、この話自体が嘘かも知れないので、実は平賀源内は被害者の可能性もあると言っておく地の文です。


 土用の丑の日にうなぎを食べるという話は、諸説あるとも言っておく地の文です。


「おお!」


 左京は店の前でメニューが掲げられている立て看板を見て、その金額の凄さにビビりました。


 しかし、自分から誘っておいて、


「高いのでやめにしよう」


 とは口が裂けても言えません。


(一番安いコースでも、一万円か。萌里は食べられないだろうし、乃里は全部は無理だろう。俺と樹里と瑠里と冴里の分と、あと一人前頼んで、残った分はお持ち帰りで)


 不倫相手の坂本龍子弁護士にあげようと思う左京です。


「思ってねえよ!」


 真実を言い当てた地の文に切れる左京です。


「あっ!」


 我に返ると、樹里達は先に店に入っていました。


「待ってくれ、樹里!」


 涙ぐんで追いかける左京です。


 


 中に入ると、妙に愛想のいい和服姿の女性が現れ、奥へと通されました。


(え? 非常にやばくないか? ここ、高級店の可能性が高いぞ)


 嫌な汗をしこたま掻きながら、奥へと進む左京ですが、


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で、娘達も笑顔全開です。


「どうぞ」


 通されたのは、「予約」と書かれたプレートがテーブルの上に置かれていて、床の間に大きな壺が飾られている如何にもな座敷です。


「失礼します」


 女性はにこやかに言うと、障子を閉めて去りました。


「パパ、予約したんだ」


 瑠里が言いました。


「いや、予約はしてない」


 嫌な汗が滝のように噴き出す左京です。


(この部屋、絶対に大金持ちが利用するものだ。部屋代だけで、俺の月の稼ぎを超えてしまいそうだ)


 左京は心臓が止まりそうです。貴方の月の稼ぎでは、牛丼が精一杯でしょう。


「もっと稼いでるよ!」


 正確無比な指摘をしたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。


「樹里、間違えられているよ。早く出よう」


 左京が樹里に囁くと、


「船場○兆ですか?」


 樹里がボケて来ました。


「いや、そんなつもりはない! このままここにいると、法外な金額を請求されてしまうから、さっさと逃げないといけないんだよ」


 左京は更に囁きました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で左京に囁きました。


「うは……」


 樹里の吐息を浴びせられて、左京は腑抜けてしまいました。


「左京さん、大丈夫ですか?」


 樹里は倒れた左京を抱き起こしました。


「パパ、どうしたの?」


 一番左京が好きな乃里が訊きました。瑠里と冴里はメニューに夢中です。


「パパは疲れているのですよ」


 樹里は左京に膝枕をして言いました。


「失礼します」


 さっきと違う和服姿の女性が突き出しを運んで来ました。


「わーい、料理来た!」


 瑠里と冴里は大喜びしています。


「ああ、ダメだ、瑠里、冴里。それを食べると、大変な事になるぞ」


 意識が朦朧としながらも、左京は娘達に言いました。


「何言ってるの、パパ? 食べないの?」


 瑠里と冴里は突き出しを食べ始めました。


「ああ、ダメだ、瑠里、冴里!」


 二人だけではなく、樹里も乃里も食べてしまいました。萌里は樹里が用意したおにぎりを食べています。


 左京の心配をよそに、樹里達は次々に運ばれてくる料理を食べました。


 サラダ、刺身、うなぎの白焼き、上うな重、自家製アイス。


「パパ、食べないのなら、お持ち帰りにしてもらうよ」


 瑠里が言いました。


「ああ、そうしてくれ……」


 左京はとうとう気を失いました。


「大変申し訳ありません!」


 そこへ最初に樹里達を案内した女性が現れ、土下座をしました。


「そちらの方が、五反田様とよくおいでになる方でしたので、五反田様のお身内の方だと勘違いしました」


 女性は樹里を見て平謝りしました。


「あれ、樹里さん。どうしてここに?」


 そこへ五反田氏の愛娘の麻耶と恋人の市川はじめが現れました。


「麻耶お嬢様、はじめ君、こんにちは」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。


「瑠里ちゃん、冴里ちゃん、乃里ちゃん、萌里ちゃん、久しぶり!」


 麻耶は瑠里達と再会を喜び合いました。はじめは瑠里達を見て固まっています。


「申し訳ありません、お嬢様! 私どもの手違いで、別のお客様をお通ししてしまいました!」


 さっきの女性が更に土下座しました。


「いいのよ。この人達は家族同然だから、全部父に付けておいて」


 麻耶はにこやかに告げましたが、払うのは五反田氏なので、酷いと思う地の文です。


「うるさいわね! いいのよ!」


 妙なところで生真面目な地の文に切れる麻耶です。


「ありがとうございます! すぐにお嬢様とご主人の分もお持ちします!」


 女性は大慌てで厨房へと走りました。


「やだ、ご主人ですって……」


 嬉しそうに頬を染める麻耶ですが、はじめは顔を引きつらせています。


「はじめ君、どういう事?」


 そういう事には敏感な麻耶がはじめに詰め寄りました。


「ぼ、僕も嬉しいよ、麻耶ちゃん」


 はじめは引きつり全開で応じました。


「うん!」


 麻耶ははじめの腕をギュッと抱きしめて微笑みました。


「左京さんはどうしたの、樹里さん?」


 麻耶は気絶している左京を見て言いました。


「夫は疲れているのです」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 麻耶は樹里の口癖で応じました。


 めでたし、めでたし。

 

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