樹里ちゃん、若女将になる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里の祖母の美玖里が階段を滑り落ちて右手首を骨折したため、病院に入院してしまいました。
美玖里の娘の由里と、孫の璃里は不人情なので、女将代理を拒否しました。
「話も来てないよ!」
地の文の発言に激怒する由里です。
「私は樹里から聞いたのよ!」
璃里も地の文に切れました。でも二人共、樹里の代わりに行く気はさらさらありません。
「う……」
痛いところを突かれて、黙り込んでしまう由里と璃里です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
そして更に、スケベ芸人の代表格である西園寺伝助がどこからか樹里がG県のI温泉に行くのを聞きつけました。
(樹里さんがいるなら、しばらく仕事を兼ねての温泉三昧企画だ!)
普段は番組の打ち合わせでも寝てばかりで発言を全くしない伝助ですが、樹里が絡むと動きが全然違いました。
すぐに企画を通すと、馴染みのスタッフを強引に呼び集めて、緊急企画として予算を取らせました。
スタッフの方も、樹里が出てくれれば、高視聴率間違いなしなので、大した抵抗もなく従いました。
欲と二人連れが多いテレビ業界です。
(樹里さんと混浴は無理だから、綺麗どころも揃えよう)
伝助は、モデルの貫井美優、元アイドルの指宿莉乃美、芸人のZエッサのアケミ、エナを招集しました。
このメンバーは丸出し以外NGがないタレントです。
「私は入浴シーンはNGよ!」
ブッスーが地の文に切れました。
「その呼び方もNGよ!」
更に切れる莉乃美です。それでは降板してもらいましょう。
「ちょっと、待って! やらないとは言ってないでしょ!」
最近、めっきり仕事が少なくなったので、どんな番組でも出たい莉乃美です。
(これで高視聴率なら、レギュラー決定だ!)
捕らぬ狸を作り出している伝助です。
「よろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で従業員に挨拶しました。
「ああ、感激です。樹里さんが若女将をなさってくれるのであれば、大女将にはしばらく休養も兼ねて入院していてもらって大丈夫です」
美玖里に三十年以上仕えてきた番頭が言いました。後できっちり美玖里に伝えようと思う地の文です。
「やめて、お願い!」
涙目で地の文に懇願する番頭です。
「樹里さん、早速厨房でご指導願います」
スキンヘッドの料理長が言いました。顔がデレており、気持ち悪いです。
「うるさい!」
正直な感想を述べただけの地の文に切れる料理長です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「今日は芸能人の予約が入っています」
番頭が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「芸人の西園寺伝助様のお名前で予約されています。ご存じですか?」
番頭が樹里に訊きました。
「西園寺さんは私が一番好きな芸人さんです」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうでしたか。では、一番お高い部屋でよろしいですね?」
番頭は強かなビジネスマンです。
「いいですよ」
樹里は以前も伝助が一番高い部屋に泊まったのを覚えていたので、快諾しました。
樹里は若女将として宿泊客の応対や部屋での挨拶、厨房の仕入れの確認、電話の対応と大忙しです。
「大丈夫ですか?」
番頭が声をかけましたが、
「五反田邸の方がもっと大きくて忙しいので、問題ありません」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
番頭は思わず樹里の口癖で応じました。
「樹里さーん、来たよー」
しばらくして、伝助達が旅館を訪れました。
「ようこそおいでくださいました。私が若女将の樹里です」
樹里が笑顔全開で出迎え、深々と頭を下げました。
「樹里さん、おひさー! みゆゆだよ」
みゆゆが早速厚かましさ全開で言いました。
「樹里さん、しばらくです。指宿莉乃美です」
莉乃美がみゆゆを押し退けて言いました。
(芸人より前に出る二人や)
Zエッサのアケミとエナは呆然としていました。
(あの二人、連れて来たの、失敗だな。邪魔だ)
伝助は自分が樹里に近づきたいのにみゆゆと莉乃美のせいで全く近寄れません。
(でも、混浴してくれるらしいから、それはそれで楽しみだなあ)
スケベ丸出しで妄想する伝助ですが、
「あれ?」
ハッと我に返ると、樹里もみゆゆも莉乃美もZエッサの二人もいなくなっていました。
「ちょっと、置いてかないでよ!」
慌てて追いかける伝助です。
(大丈夫かな?)
それを見て不安になるプロデューサーとディレクターです。
伝助達はそれぞれの部屋に行って浴衣に着替え、もう一度玄関に集まってオープニングを撮りました。
「西園寺伝助の旅館に泊まって温泉三昧!」
珍しくタイトルコールを噛まずに言えた伝助です。
「わー!」
みゆゆと莉乃美とZエッサの二人が歓声を上げました。
「という事で、遂に始まりました、新しい温泉番組です。毎週水曜日の午後八時から放送です」
勝手に決める伝助ですが、
(今のところ、全部カットで)
目配せし合うプロデューサーとディレクターです。
「今日泊まるのは、天下の名湯I温泉にある御徒町旅館さんです」
順調な伝助です。
「そして、こちらが若女将の樹里さんです」
伝助はデレデレで樹里を紹介しました。
「いらっしゃいませ」
樹里は深々と頭を下げました。
「それでは、早速温泉に入らせていただきましょう」
嬉しそうに言う伝助を白い目で見るみゆゆと莉乃美です。
(うちらは入らんでもええんやろ?)
アケミとエナはディレクターを見ました。大きく頷くディレクターです。汚い芸人の裸は供給過剰なのです。
「西園寺さんは男湯へ行ってください。そういう番組ではないので」
プロデューサーが非情な事を言いました。
「ええ? そんなあ……」
楽しみにしていた混浴がなくなり、しょんぼりして一人で男湯へ行く伝助です。
みゆゆと莉乃美はきっちりバスタオルを巻いて、きちんとかけ湯をしてから湯船に入りました。
二人はお湯をかけ合ったりする古い演出をしながら、楽しそうに撮影を進めました。
「はああ……」
すっかりテンションが下がってしまった伝助は俯いて湯船に入りました。
「湯加減は如何ですか?」
樹里の声がしました。
「最高です」
ローテンションで応じる伝助ですが、
「そうなんですか」
乳白色のお湯に浸かっている樹里がいたので、
「ウヒョーッ!」
鼻血を噴き出して湯船に沈んでしまいました。
めでたし、めでたし。