樹里ちゃん、なぎさに助けられる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は今日も笑顔全開で出勤します。
「行ってらっしゃい、ママ!」
六年生になった長女の瑠里と、三年生になった次女の冴里が笑顔全開で言いました。
「いってらっしゃい」
一年生になった三女の乃里も笑顔全開です。
「いってらっしゃい」
まだしばらく保育所に行く四女の萌里も笑顔全開で言いました。
「行ってらっしゃい」
とうとう五十路になった不甲斐ない夫の杉下左京はヨボヨボしながら言いました。
「まだ違うよ! 四十七歳だよ!」
四捨五入すれば五十歳の左京が地の文に切れました。
「ううう……」
その通りなのでぐうの音も出ずに項垂れるしかない左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」
しばらくぶりに通常運転できた昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
もう降板したのかと思って安心していた地の文です。
「降板などしません! 我らの役目は樹里様ご一家の護衛ですから!」
胸を張って宣言する眼鏡男です。
「はっ!」
我に返ると、樹里はすでに隊員達と共にJR水道橋駅へと向かっていました。
「お待ちください、樹里様!」
涙ぐんで追いかける眼鏡男です。
(御徒町樹里、今日こそ貴女の命日にしてあげるわ!)
頭のおかしい女が電柱の陰から樹里達を見ていました。
「頭がおかしい女ではなくてよ! 私は四百年に一度の女優の大利根美羽子よ!」
美羽子が誰もいない空間に向かって叫びました。
ああ、そうでしたね。四百年生き続けている妖怪女優ですね。
「違うわよ!」
地の文のいじりにまた切れる美羽子です。
「あの女ですか」
美羽子の背後に現れたのは、見るからにやられ役の頭の悪そうな筋肉男五人です。
「お前か、俺の悪口を言ったのは!?」
五人組のリーダーが通りかかった若い男性に絡みました。
「何も言ってませんよ!」
その男性は泣きながら逃げました。
「何をしているのよ! 早く追いかけて! 必ず殺してちょうだいよ」
美羽子はニヤリとして言いました。
「任せてください、大利根さん。明日の朝刊に載りますので」
リーダーはフッと笑って言うと、四人の手下を引き連れて樹里達を尾けました。
きっと、ドロント達が助けてくれると思う地の文です。
「ヤッホー、樹里!」
水道橋駅の近くで、松下なぎさが現れました。
「なぎささん、おはようございます」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。眼鏡男達はなぎさのノースリーブと短パン姿に圧倒され、鼻血が出そうになりました。
(我らは樹里様命! 他の女性に邪な思いを抱いてはダメだ!)
必死になって鼻血を止める眼鏡男達です。
「今日は暑いよねえ」
なぎさはノースリーブのシャツをヒラヒラさせて熱を放出しようとしました。
「おわわ!」
刺激が強過ぎるなぎさの行為に眼鏡男達は卒倒しそうです。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
(何だ、あの女は?)
筋肉リーダーはなぎさのエロい服装に目を見張りました。
「あの女は松下なぎさよ。御徒町樹里の親友らしいから、一緒に殺して」
美羽子はいとも簡単に恐ろしい事を言ってのけました。
「わかりました。その場合、料金は二倍になりますよ」
筋肉リーダーが言いました。美羽子はフッと笑って、
「構わないわ。お願いね」
筋肉リーダーは手下に目配せすると、樹里達に続いて改札を通りました。
「あら?」
美羽子のカードは残高不足で通れませんでした。
「何よ!」
駅員に逆ギレする美羽子です。その間に樹里達は電車に乗ってしまいました。
樹里となぎさは何事もなく、成城学園前駅に到着しました。
「叔母様が具合が悪いので、お見舞いに行くんだよ」
なぎさが言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。なぎさが行けば、美紗はもっと具合が悪くなると思う地の文です。
「あれ? 叔母様の家ってどこだっけ?」
途中でとんでもない事を言い始めるなぎさです。
「大村先生のお宅は、五反田邸へ行く途中ですから、一緒に行きましょう」
樹里が言いました。
「ああ、そうだっけ。それならよかったよ」
なぎさはニコッとしました。
(ああ、なぎさ様の笑顔も素敵だ)
樹里命のはずなのに早くもなぎさの魔性にぐらつくダメな眼鏡男です。
「お前らは寝とけ」
筋肉男達に一瞬のうちに気絶させられてしまう何の役にも立たない眼鏡男達です。
「あれ? おじさん達、どうしたの? こんなとこで寝たらダメだよ」
事情がわかっていないなぎさが倒れている眼鏡男にショックな言葉で言いました。
「お前は寝るんじゃなくて、死ぬんだよ!」
筋肉リーダーが渚を背後から襲いました。するとなぎさの後ろ回し蹴りが炸裂しました。
「ぶべべ!」
鼻血を撒き散らしながら、もんどりうって仰向けに倒れるリーダーです。
「このアマ、やりやがったな!」
残りの四人が一斉になぎさに襲いかかりました。しかし、なぎさの裏拳、正拳突き、真空飛び膝蹴り、踵落としであっという間に倒されてしまう四人です。
ドロント達の出番はなく、降板が確定したと思う地の文です。
「降板しないわよ!」
どこかで地の文に切れる霜月皐月と目黒弥生です。神戸葉月は苦笑いしているようです。
「あ、ごめん、つい技が出ちゃった!」
なぎさは倒してしまった五人に謝りました。
「通信教育で護身術を習って始めたんだけど、まだ一回目のブルーレイディスクが届いたけど、観てないんだよね」
テヘッと笑うなぎさです。観ていないのに技が出てしまうのは理解し難いと思う地の文です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(どういう事なの!?)
次の電車で追いついた美羽子は、すでに倒されてしまった五人の筋肉男達を見て唖然としました。
すると、通報を受けて、近くの成城署から制服警官が五人来ました。
「あ、こいつら、指名手配の連中じゃないか」
警官達は五人をすぐに確保しました。それを見てそっと逃げ出す美羽子です。
「警視総監賞が出るかも知れないので、お名前を教えてください」
警官の一人がなぎさに言いました。
「嫌だよ。知らない人に名前とか絶対に教えちゃダメだよって、栄一郎に言われてるんだから」
なぎさは頑なに教えませんでした。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。




