樹里ちゃん、居酒屋に復帰する
御徒町樹里はメイド探偵です。
最近、すっかりメイドの格好をしなくなってしまったので、マニアは発狂寸前のようです。
まるで三つ子並みに似ている母親の由里と、姉の璃里の協力で、婚約者である杉下左京の探偵事務所を盛り立てて来ましたが、ようやく事業も軌道に乗り始めたので、樹里は居酒屋に出勤しました。
「寂しいよお、樹里ィ」
探偵事務所を出る時に左京が言った一言が樹里の胸を締め付けました。
樹里は居酒屋をやめる決意を固めていました。
でもそうすると、ずっと以前に書かれたお話と未来が変わってしまうので、作者的には非常に困るらしいのですが、なんでもありがこのお話の信条なので、敢えて何も考えない事になりました。
「店長さん」
久しぶりに出勤した樹里がいつもの笑顔ではないので、店長は死を覚悟しました。
「何でしょうか、樹里さん?」
彼は身体中から嫌な汗を掻いています。彼は感じているのです。
ニュータイプでなくても、そのくらいの事はわかるのですが、偉い人にはわからんのです。
「実は、このお店を辞めたいのです」
そんな事を言われるような気がしたのですが、現実にそう言われてしまうとやっぱりショックの店長です。
「どうしてもですか?」
店長が涙目で尋ねます。すると樹里は、
「どうしてもではないです」
店長はしばらくぶりにイラッとしました。
「どうしてもではないのであれば、何とか思い留まってもらえませんか? ウチは貴女で保っているのですから」
店長は土下座をして言います。樹里はそれを見て驚いてしまいました。
「店長さん、そんな事はしないで下さい。私の代わりなんて、いくらでもいると思いますから」
いや、いない。断じていない。多分いない。いないんじゃないかな。ま、ちょっといるかも知れない。
「貴女の代わりなんて絶対にいません。お願いですから、辞めないで下さい」
店長の鬼気迫る説得により、樹里は答えを保留にし、左京に相談する事にしました。
また左京の寂しそうな顔を思い出します。
「寂しいよお」
まるで子供のように甘えた声で樹里に言った左京。
他人が見ると、只のバカにしか見えませんが、樹里にはそうは見えませんでした。
二人は左京のアパートで一緒に暮らし始めています。
樹里がアパートの前まで来ると、左京の部屋にはまだ明かりが点いていました。
「左京さん」
樹里は階段を上がり、部屋のドアを開きました。
「お帰り、樹里」
左京は玄関まで出て来て樹里を出迎えます。
「お仕事は?」
「今日はない。ありさも早く帰ったよ」
左京は悲しそうに言いました。
樹里は居酒屋を辞める話をしたら、店長に止められた事を左京に話しました。
「そうだろうな。俺が店長でも、必死に止めるよ」
「そうなんですか」
樹里はいつもの笑顔ではないです。
左京は樹里の気持ちを察しました。
「樹里、居酒屋の仕事は続けたいのか?」
「はい」
左京は微笑んで、
「じゃあ続けろ。その方がお前らしいよ」
「左京さん」
樹里はようやく笑顔になりました。
「探偵事務所は俺とありさで十分だ。ドロントが現れた時だけ、応援に来てくれ」
「はい」
二人は抱き合います。
「樹里」
「左京さん、大好きです」
「……」
左京は一瞬沈黙します。そして、
「取り敢えず、もう少しお前の荷物を整理しよう。このままじゃ、生活できないから」
「はい」
狭い左京の部屋は、樹里が運び込んだ荷物でほとんど空きがないのでした。
「二人だけだったらまだしも、もう一人家族が増えたら、厳しいだろ?」
左京は顔を赤らめて言います。
「そうなんですか」
しかし樹里は、一体誰が来るのだろうと思っていました。
めでたし、めでたし。