樹里ちゃん、お墓参りにゆく(後編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里達は御徒町家の墓があるG県S市に着きました。
「よく来たね」
I温泉にある御徒町旅館の大女将の御徒町美玖里が樹里達を出迎えました。
「ご無沙汰しています、美玖里さん」
知らないおじさんが言いました。
「樹里の夫の杉下左京だよ!」
地の文のちょっとしたボケに激ギレする心が狭い左京です。
「久しぶりだね、ヒモ亭主」
美玖里は相変わらずの毒舌全開で応じました。
「はい」
引きつり全開で応じる左京です。
「そうなんですか」
樹里と長女の瑠里と次女の冴里と三女の乃里は笑顔全開で応じました。
「しょうなんですか」
四女の萌里も笑顔全開で応じました。
「あのバカ娘は今回も来ないのかい?」
美玖里はムッとしています。バカ娘とは、由里の事です。由里の事をそんなふうに言えるのは、日本広しといえども、美玖里だけでしょう。
「バカ娘とは誰ですか?」
そして、美玖里に対してそんなボケをかませるのは、樹里だけでしょう。
「由里の事だよ」
美玖里は、樹里が悪気なく言っているので怒る事ができません。
「母は都合がつかないと申していました」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
「全くねえ。前の夫と今の夫と平気で一緒に暮らしているのに、実家の墓参りに来るっていう気遣いができないのはどういう事なんだろうねえ」
美玖里は溜息を吐きました。
「みくりママ、おふろにはいりたい!」
不意に乃里が言いました。
「おお、そうかい。じゃあ、行こうか」
美玖里は「ママ」と言われたのに機嫌を良くして、四姉妹を引き連れて屋上にある露天風呂へと向かいました。
「樹里はヒモ亭主と部屋の露天風呂でも入りな」
美玖里はニヤリとして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開、左京は引きつり全開で応じました。
「墓参りは明日でいいだろ」
美玖里はそれだけ言うと、奥へ行ってしまいました。
「お部屋にご案内しますね」
最古参の恰幅のいい仲居さんが言いました。
「ありがとうございます」
樹里と左京は最上階の部屋へ案内されました。そこは全員で寝られる大きめの部屋でした。
「おお!」
部屋の奥には、二人で入るにはちょうどいい大きさの混浴露天風呂がありました。
「子供達が戻ってくる前に入りましょう」
樹里はスルスルっと脱衣して、さっさと露天風呂へ行ってしまいました。
「あ、ああ、そうだな」
左京はドキドキしながら脱衣して、樹里を追いかけました。
(結婚して十三年近く経つのに、まだ慣れない……)
先にかけ湯をして入っている樹里をまともに見る事ができず、かけ湯をすると、顔を背けて湯に浸かる左京です。
「いいお湯ですね」
樹里がスッと左京に寄り添ってきました。
「あ、ああ、そうだな」
それでも左京は樹里を見ないようにしました。
「左京さん」
樹里が顔を近づけました。
「な、何かな?」
左京は露天風呂から見えるG県の山々を見るふりをしました。
「私とお風呂に入るのは、そんなにお嫌ですか?」
樹里の言葉にギクッとする左京です。
「いや、そんな事はないよ、全然……」
慌てて樹里を見る左京ですが、目の前に樹里の顔があり、そのすぐ下にマシュマロが見えたので、鼻血を噴き出しました。
「左京さん、大丈夫ですか?」
左京はそのままお湯の中に沈んでしまいました。
「はっ!」
左京は目を覚ましました。浴衣に着替えており、布団に寝ていました。
「左京さん、気がつきましたか?」
樹里は心配そうな顔で見ていました。
「俺、どうしたんだっけ?」
左京は記憶が定かではありません。
「お風呂で逆上せて、鼻血を出してしまったんですよ」
樹里に言われて、記憶が甦りました。
(そうか。樹里の……。情けない)
がっくりと項垂れる左京です。
「後で祖母にお礼を言ってくださいね。浴衣を着せてくれたのですから」
樹里が笑顔全開で衝撃の事実を告げたので、
「そうなんですか」
あれこれ想像して、真っ赤になる左京です。
(美玖里さんに全部見られたのか?)
左京はまた項垂れました。
そして早くも翌日です。樹里達は旅館の近くにある御徒町家の墓に行きました。
「あれ?」
左京はお墓にカップ酒が供えられているのに気づきました。
(由里さんが来たのか?)
すると美玖里が、
「あのひねくれ娘が。昨日来て、顔も出さずに帰ったのか。どうしようもないね」
ムッとしました。
(由里さんも、美玖里さんは怖いんだな)
由里が可愛く思えてくる左京です。不倫するつもりでしょうか?
「違う! 断じて違う!」
地の文の悪い冗談に某進君の名台詞で切れる左京です。
「誰に似たのかねえ、あのぶっきらぼうなところは」
美玖里が言いました。それは間違いなく貴女ですよと左京は思いました。
すぐに美玖里に教えてあげようと思う地の文です。
「やめろ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。
(いいなあ、こんなふうに叱ってくれる母親がいて)
子供の時、両親を亡くしている左京は、由里や樹里が羨ましいのです。そして、つい涙ぐんでしまいました。
「あれ、パパ、泣いてるの?」
お墓に手を合わせていた瑠里がニヤリとして言いました。
「いや、泣いてはいないよ」
左京は慌てて目をこすりました。
「ママとおふろにはいって、はなぢを出したのがはずかしいだよね?」
左京の顔を覗き込んで冴里が言いました。
「そ、それは関係ないだろ?」
左京はまた顔を赤らめました。
「心配しなさんな。あんたの裸なんか、全然見ちゃいないからさ」
ガハハと美玖里が豪快に笑いました。亡くなった夫に似ている左京の裸を食い入るように見ていたのは内緒にする地の文です。
「内緒にするんだよ!」
バラそうとした地の文に切れる美玖里です。
「え。いや、その……」
ますます赤くなる左京です。
(これは完全に見られたな……)
左京はまたしても項垂れました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。