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樹里ちゃん、バラエティ番組の打ち合わせにゆく

　御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。

　今日は日曜日ですが、樹里はテレビのバラエティ番組に出演するために打ち合わせに行く事になっています。

「行ってらっしゃい、ママ」

　長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。

「いってらっしゃい、ママ」

　三女の乃里と四女の萌里も笑顔全開で言いました。

「行ってらっしゃい」

　不甲斐ない夫の杉下左京はひきつり全開で言いました。

　群馬県から帰って来て以来、全く仕事がないのです。

「言うな！」

　事実を述べただけの地の文に理不尽に切れる左京です。

　そこへ迎えのリムジンが来ました。

「行って来ますね」

　樹里は笑顔全開で乗り込みました。

「ママー！」

　四人の娘達が手を振りました。

「樹里ー！」

　左京も手を振りました。やがてリムジンが見えなくなると、左京は不倫相手の坂本龍子弁護士に電話をしました。

「違う！　仕事がないか訊くんだよ！」

　図星を突かれたはずの左京が地の文に切れました。不倫相手なのは認めるようです。

「それも違うよ！」

　更に切れる左京です。ハッと我に返ると、娘達は全員家の中に戻っていました。

「ううう……」

　除け者にされて項垂れる左京です。

　樹里は何事もなくテレビ局に着きました。今日来たのは、あまり縁がない大東京テレビ放送です。

「ううう……」

　厳しい指摘をした地の文のせいでロビーの床に這いつくばってしまう編成局長の大神少年《おおがみすくなとし》です。

「おはようございます、お久しぶりです、大神さん」

　樹里は笑顔全開で挨拶をしました。

「おはようございます、樹里さん」

　樹里の笑顔に癒されて立ち直る大神です。

「台本をお送りした通り、本日は我が局の人気番組である『カランコロンの日曜日』の打ち合わせです。よろしくお願いします」

　大神は樹里を案内しながら言いました。

「そうなんですか」

　樹里は笑顔全開で応じました。

「おはようございます、樹里さん」

　そこへ番組のチーフディレクターの大外《おおそと》一朗《いちろう》が来ました。

「まずは番組のMCであるカランコロンの楽屋にご案内します」

　大神と大外が揃って樹里を先導しました。

「そうなんですか」

　樹里は笑顔全開で人気漫才師のカランコロンの楽屋へ行きました。

「カランコロンさん、御徒町樹里さんがお見えです。ご挨拶よろしいですか？」

　大外がドアをノックして言いました。

「どうぞ」

　中から声が聞こえました。

「失礼します」

　大外がドアを開き、大神が樹里を連れて中へ入りました。大外はドアを後ろ手に閉めました。

「樹里さん、こちらがカランコロンのキャプテンの村松高志さん、そしてこちらがリーダーの大山田英俊さんです」

　大神が言いました。

「どうも、カリスマ芸人の村松高志です」

　早速挨拶がわりのボケをかます村松です。

「そうなんですか」

　しかし、樹里は笑顔全開で応じただけで、笑いませんでした。唖然とする村松です。

「樹里ちゃん、おっぱいでかいなあ。何カップ？」

　同じく挨拶がわりのセクハラ発言をする大山田です。

「知りません」

　樹里は笑顔全開でボケ返しました。

「知らんの？」

　衝撃の解答に目を見開く大山田です。

「では、よろしくお願いします」

　無意識のうちに大御所芸人を追い詰めてしまった樹里を連れて、そそくさと楽屋を出ていく大神と大外です。

「このまま、会議室へ行きましょうか」

　嫌な汗を掻いて樹里を案内する大外です。

「私はここで失礼します」

　危険を察知したように逃げて行く大神です。

（くそ、都合が悪くなるといなくなりやがる）

　大外は大神の後ろ姿を睨みつけました。

「失礼します」

　樹里と大外が会議室に入って行くと、そこには共演者の西園寺伝助がいました。

「ああ、樹里さん、しばらくです」

　早速エロい顔で挨拶する伝助です。

「エロい顔なんかしてねえよ！」

　生まれつきの顔に難癖をつけた地の文に抗議する伝助です。

「お久しぶりです、西園寺さん。お元気ですか？」

　樹里が笑顔全開で尋ねると、

「元気ですよ。もう元気過ぎて、朝は布団を持ち上げて目が覚めます」

　いきなり下ネタをぶっ込んで来ました。

「そうなんですか？」

　意味がわからない樹里は小首を傾げて応じました。

（ああ、こんな可愛い樹里さんに下ネタかますとは、俺もどうかしてる）

　今更ながら、後悔する伝助です。

「カランコロンさん、入ります」

　ADの女の子が言いました。

「お疲れ様です」

　伝助が直立不動で言いました。

「お疲れ、伝ちゃん」

　大山田が言いました。村松は大外と台本を見ながら、話をしています。

「このV、見せてもろうたけど、あんまおもろないで。別のと差し替えられへん？」

　村松が真剣な表情で言っているのを見て、

（さすが、お笑い界のドン。尊敬しています）

　憧れの眼差しで村松を見ている伝助です。

「わかりました。取り敢えず、顔合わせだけ、終わりにさせてください」

　大外が言いました。

「わかった。後でな」

　村松はドスンと大山田の隣に座りました。

「あれ、アイドルの山本絵里加ちゃん、まだ来てないの？」

　大外がADの女の子に訊きました。

「まだみたいです。マネージャーさんからは遅れる連絡はあったのですが、その連絡があった時間になっても来ていません」

　女の子はオロオロしていました。

「しょうがねえな。抜きで始めるか」

　大外はホワイトボードを用意させて、話を始めました。

「今回はVを四本、観ていただきます。内容については、村松さんからの提案で、一本差し替える事になりますが、尺は足りると思いますので、特に押したりはしないと思います」

　すると、遅刻した山本絵里加が入って来ました。

「ごめんなさい、前の収録が伸びてしまって」

　絵里加は長い髪を乱して、頭を下げました。

「山本ちゃん、困るよ、時間は守ってくれないと……」

　大外が注意すると、

「まあまあ。そんなに遅れた訳やないし、ええやん」

　大山田が止めました。

「あ、はい」

　大外は遅刻に厳しいはずの大山田の発言に驚き、絵里加を詰めるのをやめました。

（やったのか？）

　大外と村松は無言でアイコンタクトを取りました。

「そうなんですか」

　樹里はそれにも関わらず、笑顔全開です。

　めでたし、めでたし。