樹里ちゃん、ドロント一味と対決する
御徒町樹里は探偵事務所で働くメイドです。
婚約者の杉下左京の生活能力があまりに低いので、朝から晩まで働いています。
でも樹里は笑顔全開です。
「おはようございます」
所長の左京が事務所に行くと、樹里はすでに掃除を終えていました。
「お、おはよう」
左京は心なしか、やつれています。
「きちんと朝食を摂っていますか、左京さん?」
樹里が心配そうに尋ねます。彼女は栄養士の資格も持っているのです。
「ハハハ、最近食欲がなくてさ」
左京は寂しそうに笑いました。
「では、私が毎日作りに行きますね」
樹里が笑顔で言いました。すると左京は樹里の肩に手を置いて、
「って言うか、一緒に暮らさないか、籍を入れて」
「はい、いいですよ」
左京の渾身の入籍要請も樹里に実にあっさりと承諾され、左京は拍子抜けしました。
「前からそうしたいと思っていたんです」
樹里がそう言うと、左京は鼻血を噴き出して倒れてしまいました。
また邪な事を考えたようです。
「左京さん!」
樹里が叫ぶ声が遠くなり、左京は気を失いました。
左京が目を開けると、ソファの上でした。
「気がついた?」
何故か向かいのソファには元同僚の神戸蘭がいます。
「わああ、樹里が蘭になっちまったあああ!」
左京が絶叫します。
「失礼な奴だな!」
蘭が怒りました。やっと冷静になった左京は事務所を見渡して、
「あれ、樹里は?」
「お買い物よ」
蘭が笑顔で答えます。
「おめでとう。一緒に暮らす事になったんですってね」
「あ、ありがとう」
左京は照れながら応じました。そして、
「で、どうしてお前がいるんだ?」
蘭は真顔になってソファに座りなおし、
「ドロントからの予告状が届いたのよ」
「またあの貧乳か。もううんざりだな」
左京はソファにふんぞり返りました。
「今度は、大東京美術館からピカソの絵を盗むと予告して来たわ」
蘭が説明します。左京は、
「それ、警察の仕事だろ? 俺関係ねえし」
「予告状は樹里宛に届いているのよ。さっき樹里にも読んでもらって、依頼をOKしてもらったわ」
「はあ?」
左京が気絶している間に、密談が行われたようです。
「お前らなあ……」
左京が文句を言おうとすると、蘭がキッとして、
「わからないの、左京? 樹里は貴方が困っているのを知っているのよ。だから、ドロントを捕まえて左京の名をメディアに取り上げてもらうつもりなの」
「そうなのか……」
左京は樹里の気持ちを知って涙ぐみました。
「予告状には、明日の午後十時にドロントは現れると書かれていたわ。頼んだわよ、左京」
蘭は何故か悲しそうな笑顔で事務所を出て行きました。
「おはー! ありさちゃんだよお」
そこへ能天気全開の宮部ありさが現れました。
左京はありさに話をしました。
「蘭の奴、左京が有名になったら、警視庁に戻ってくれなくなるので、複雑なのね」
「そうなのか」
板ばさみ状態の左京です。でもどっちを取るかは決まっているので悩みません。
そして予告の日になりました。
ドロント特捜班は蘭が班長です。
以前亀島馨が班長だった時と違って、警官隊はそれほどたくさんいません。
「ドロントは混乱に乗じて盗む傾向があるわ。人員の配置は必要最小限にしなさい」
蘭は亀島と違って、プロファイリングの専門家なのです。
左京とありさと樹里は、ピカソの絵が展示されているフロアにいます。
「こんな絵のどこにそれほどの価値があるんだろうな」
美術館で決して言ってはいけない事を平気で口にする左京です。
「芸術を理解できない人は地上のノミだという事です」
美術館の館長がいきなり現れました。何だかどこかの大佐みたいな事を言っています。
「そうなんですか」
樹里が笑顔で応じます。左京はケッと舌打ちをしました。
「例えば、この絵が偽物なら、館長さんは即座にわかるのですね?」
左京が嫌味満点の質問をします。すると何故か館長は酷く狼狽えて、
「も、もち、もち、もち……」
と呂律が回りません。
(何か怪しいな)
左京はソッとありさに耳打ちします。
「館長が臭い。目を放すな」
「あはーん」
ありさが悶えます。
彼女は左京の吐息に感じてしまったようです。
「アホか!」
左京は呆れて樹里にも言います。
「館長が臭い。目を放すな」
「はい」
樹里は笑顔で応じ、館長に近づきます。
左京は慌てました。
(樹里の奴、館長の臭いを嗅ぐつもりじゃないだろうな?)
「餃子定食の後にはこれを噛んで下さい」
樹里は館長に口臭を消すガムを渡しました。
「あ、ありがとうございます」
館長は、どうして夕食が餃子だったのを知られたのかわからず、怖くなりました。
それを見て左京はホッとしました。
そして遂に予告の時刻になりました。
「オーホホホ!」
ドロントの素っ頓狂な笑い声がフロアに響きます。
「来たわ! 総員配置に着け!」
蘭の命令で、警官隊が動きます。
「何をしても無駄よ、無駄に巨乳さん」
ドロントが蘭を挑発します。
「うっさいわね、貧乳!」
蘭はカリカリして警官隊を睨み、
「フロアの出入り口を全て封鎖! 換気孔も塞いで! 天井裏も天窓もよ!」
彼女の素早い指示で、警官隊が的確に動きます。
「さすが蘭ね。亀島君とは違うわ」
ありさが感心して言います。
「これでも盗み出せるの、貧乳さん?」
蘭は辺りを見渡して言い放ちます。
「もちろんよ、無駄に巨乳さん」
ドロントの言葉が終わらないうちに、フロアにガスが充満して来ます。
「くそ、得意の睡眠ガスだ」
左京は口をハンカチで押さえて歯軋りします。
「さあ、眠りなさい!」
ドロントがガスマスクをして姿を現しました。その後ろに部下らしき男が同じくガスマスクをして立っています。
「ドロントめ……」
蘭も警官隊もガスを吸って眠ってしまいました。
ありさは爆睡しています。いびきが凄いです。
館長は酷い口臭を撒き散らしながら、絵の前でいびきを掻いていました。
「さ、手早く片づけるわよ」
ドロントは絵の前に立ちました。男が額に手をかけます。
「くそ、そうはさせるか……」
左京もあと一歩のところで力尽きて眠ってしまいました。
「待って。仕事は中止。引き上げるわよ」
「はい」
ドロントは突然盗みをやめ、引き上げてしまいました。
彼女は部下と共に美術館の外に出て、隠しておいた車で逃走しました。
「どうしたんですか、首領? 盗みをやめるなんて」
部下が尋ねます。するとドロントはキッとして、
「あの館長、偽物を飾っていたの。だから杉下左京が『この絵が偽物なら、館長さんは即座にわかるのですね?』と尋ねた時、あんなに狼狽えたのよ」
「そうなんですか」
ドロントはムッとして部下を見ました。
「その言い回し、不吉だからやめてよ!」
「私は何も言っていませんが」
部下はキョトンとしています。
「え?」
ドロントがハッとして後部座席を見ると、そこには笑顔全開の樹里がいました。
「どうして貴女がそこにいるのよ!?」
ドロントは間抜けな質問をしてしまったと後悔しました。
「ドアを開けて乗ったからです」
樹里はふと部下の顔を見ました。
「あ、亀島さん、お久しぶりです」
「……」
何と亀島馨は、ドロントの部下になっていました。
「逃げるわよ!」
「はい、首領!」
ドロントと亀島は、ハンググライダーで飛び去ってしまいました。
こうしてまたしても樹里の活躍で、ドロントを撃退しました。
そして館長は偽物の絵を展示していた事を追及され、絵の横流しが発覚して逮捕されました。
樹里から話を聞いた左京達は、唖然としました。
「亀島君がドロントの仲間に……」
蘭は酷くショックを受けています。
「あいつならやりかねないな」
左京はあっさりと現実を受け入れました。
「亀島君て、貧乳好きになったのかな?」
ありさが呟きます。
「そうなんですか?」
樹里が笑顔で応じます。それを見てありさは、
「違うな、多分。この中で一番無駄に巨乳なのは、樹里ちゃんだもんね」
「そうなんですか」
樹里は相変わらず笑顔ですが、左京は失神してしまいました。
「巨、巨乳地獄……」
左京は泡を吹いていました。
めでたし、めでたし。