樹里ちゃん、初詣にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は元日です。樹里達は気心の知れた人達で、近くの神社に初詣に行きます。
そのメンバーの中には、不甲斐ない夫の杉下左京は当然の事ながら、入っていません。
「入れねえんだよ! まだ山神村にいるんだよ!」
遅々として進まない吊り橋の工事のせいで、未だに群馬県の山奥にいる左京が地の文に切れました。
恐らく、このまま降板になると予言する地の文です。
「やめろー!」
不吉な事を言う地の文に血の涙を流して切れる左京です。
山神村で、不倫相手の坂本龍子弁護士と仲良く暮らしてください。
「不倫相手じゃねえし、もうすぐ橋が開通するんだよ!」
地の文の新年一発目のジョークに激ギレする左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「明けましておめでとうございます」
いつも通りに昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「おめでとうございます」
樹里は笑顔全開で応じました。
「おめでとう、隊長」
晴れ着の長女の瑠里が言いました。
「おめでとう」
同じく晴れ着の次女の冴里と三女の乃里が言いました。
「あけおめ」
晴れ着に着られている四女の萌里が言いました。
(ああ、新年早々、この美しい皆さんに会えるなんて、我らは何て幸せなのだろうか!)
感涙にむせぶ眼鏡男ですが、
「はっ!」
我に返ると、例年通り、置いて行かれていました。
「お待ちください、樹里様!」
泣きながら追いかける眼鏡男です。
「ワンワン!」
それを見て、すっかり風格が出てきたゴールデンレトリバーのルーサが、
「相変わらず間抜けだな」
そう言っているかのように吠えました。
「樹里、あけおめ!」
途中で、松下なぎさとその他大勢と合流しました。
(その他大勢か……)
おとなしい性格なので、地の文の扱いに抗議する事もない夫の松下英一郎です。
「わっくん、おめでとう!」
積極的な冴里にいきなり腕を組まれてオタオタしている紋付袴の長男の海流です。
「さえちゃん、おめでとう!」
乃里が、晴れ着の長女の紗栄に言いました。
「おめでと」
紗栄は海流と違って社交的なので、たちまち陽気に話し始めました。
「おめでとうございます」
そこへ内田京太郎ともみじ夫妻が来ました。長女の楓は晴れ着を着ています。
「かえちゃん、おめでとう!」
乃里が言いました。
「おめでと」
楓はちょっと引っ込み思案なので、もみじの後ろに半分隠れて言いました。
「あれ、叔母様は?」
悪気なく尋ねるなぎさです。
「母は、ちょっと体調がすぐれなくて……」
苦笑いをして応じるもみじです。
まさか、なぎさと会いたくないので来たくないと言ったとは言えないもみじです。
(なぎさお姉ちゃんて、本当に気づいていないのかしら?)
なぎさのおとぼけぶりに疑惑を抱くもみじです。
「そうなんだ。だったら、お参りの後、叔母様に会いに行こうか、栄一郎?」
更に悪気なく爆弾発言をするなぎさです。
そんな事をしたら、更に体調が悪くなると思う地の文です。
「そこまでしてもらわなくて大丈夫だから」
少しだけイラッとして告げるもみじです。
「そうなの。でも、心配だなあ」
なぎさの言葉にもみじはつらくなりました。
(やっぱり、今年こそ、お母様に改心してもらわないと)
もはや落ち目の作家である母の晩節を汚さないようにしたいもみじです。
「落ち目とか、晩節とか、やめて!」
口さがない地の文に切れるもみじです。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
やがて、一同は神社に着きました。小さい神社ですが、多くの人で混み合っています。
露店もたくさん出ており、瑠里達が色めきたちました。
「ダメです。帰りに買います」
店に近づこうとした瑠里達を真顔全開で止める樹里です。
「はい」
瑠里達だけではなく、栄一郎や眼鏡男達もビクッとして立ち止まりました。
「わーい、わたあめ買って、栄一郎!」
樹里の真顔も何とも思わないなぎさだけが大喜びしています。
「なぎささん……」
それを見て項垂れる栄一郎です。
そして、一同はお参りをすませ、子供達は露店で好きなものを一点買ってもらい、帰途につきました。
眼鏡男達はそこで別の方向へ帰って行きました。
「じゃあね、樹里」
なぎさがもみじ達と一緒に行こうとしたので、
「なぎさお姉ちゃんはこっちじゃないでしょ」
もみじが慌てました。
「あれ、叔母様のお見舞いに行くんじゃないの?」
なぎさが大ボケをかましました。
「だから、大丈夫だって言ったでしょ!」
遂に大きな声を出してしまうもみじです。
「もみじ……」
京太郎が慌ててもみじを宥めました。
「なぎささん、今日は帰りましょう」
栄一郎が引き止めました。
「え? そうなの? いいの、もみじ? 叔母様、心配なんだけど」
なぎさは全く悪気がないので、もみじは涙ぐみ、
「大丈夫よ。また今度お願いします」
頭を下げました。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じました。
「そうか。うん、わかった。じゃあ、明日行くね」
まだボケるなぎさです。
「もうちょっと先にして」
顔を引きつらせて言うもみじです。
「ふーん、わかったよ」
やっとなぎさは諦めました。
「じゃあ、樹里の家に行ってもいい?」
なぎさは樹里を見ました。
「どうぞ、いらしてください」
樹里は笑顔全開で応じました。左京がいたら、きっと喜んだでしょう。
「やめろ!」
なぎさをエロい目で見る事がある左京が、山神村で地の文に切れました。
あ、でも、左京が好きなのは、夏場の薄着のなぎさですから、冬場の厚着のなぎさには興味がないですね。
「もっとやめろ!」
血の涙を流して地の文に抗議する左京です。
「わーい、わっくん、ゲームしよう!」
冴里が言いました。
「ゲームは一時間だけですよ」
真顔の樹里が言ったので、
「はい!」
冴里と海流が揃って応じました。
「さえちゃん、かるたしよう」
乃里が言いました。
「うん、しよう!」
紗栄が応じました。萌里は何かわかりませんが、
「わーい!」
大喜びしています。
「ママ、あっちゃんちに行っていい?」
瑠里が言いました。
「いいですよ。長居はしないようにね」
樹里が笑顔全開で許可してくれたので、
「わーい! ママ、大好き!」
瑠里は笑顔全開で走っていきました。
めでたし、めでたし。