樹里ちゃん、忘年会に参加する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。樹里はかねてからの約束を果たすために、無名のお笑い芸人との忘年会に出席するために銀座の料亭を訪れていました。
「そこそこ売れてるんだよ!」
地の文の挨拶がわりのジョークに全力で切れる西園寺伝助です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、四女の萌里を抱いて笑顔全開で応じました。
「おじさん、久しぶりだね」
長女の瑠里が言いました。次女の冴里と三女の乃里は知らない人なので、怖がって樹里の背後に隠れています。
「いやいや、伊香保温泉で会ってるでしょ? 忘れちゃったの?」
涙ぐんで言う伝助です。
「そうですよ。きちんと挨拶しなさい、冴里、乃里」
樹里が真顔で告げたので、
「はい、ママ!」
冴里と乃里ばかりでなく、瑠里までビクッとして返事をしました。
(樹里さん、時々怖い……)
ついでに伝助もビビっています。
「こんばんは、おじさん」
冴里と乃里に笑顔で挨拶されて、伝助は照れました。
コンプライアンス的に危険な気がする地の文です。
「やめろ! 今はそういうのが、一番やばいんだよ!」
血の涙を流して地の文に切れる伝助です。
「はっ!」
我に返ると、樹里達は従業員に案内されて奥へと進んでいました。
「ああ、待ってよ、置いてかないで!」
伝助は慌てて追いかけました。
(テレビ局のお偉いさんが同席するので、全部費用をもってもらえるのはありがたいんだけどな)
樹里と二人きりでしっぽりしたかったスケベです。
「それもやめろ!」
次々に深層心理を言い当てる地の文に涙を流して切れる伝助です。
伝助が席が用意された大広間に入ると、すでに在京キー局の面々が着席していました。
瑠里達がいるので、テーブルと椅子が並べられており、各局の出席者は樹里の正面を争った形跡が見て取れました。
「そうなんですか」
樹里は図らずも、テレビ夕焼の山梶欣三の前に座りました。山梶が人気アニメのキャラクターであるワン太夫のぬいぐるみで萌里と乃里を釣ったのです。
(汚いぞ、テレ夕め!)
それを横目で睨んでいるジャパンテレビの一手九蔵、ブジテレビの酒野投馬美、大東京テレビ放送の大神少年です。
「瑠里さん、冴里さん、三千世界のライブチケット、どうですか?」
酒野が瑠里と冴里は三千世界が好きだと調査員から報告を受けていたので、釣り返そうとしました。
三千世界は、若手お笑い芸人の中でも人気の三人組のコントグループです。
「いらない。今はアクアマリン沼田が一番面白いから」
瑠里の衝撃の一言で、酒野は固まってしまいました。
「嘘だろ!?」
どこかでショックを受けている三千世界の三人です。
アクアマリン沼田とは、二十年くらい前に人気だったピン芸人で、毒舌が売りの漫談家です。
(アクアマリン沼田師匠か。渋い選択だ)
聞き耳を立てていた伝助は瑠里と冴里ならファンになってくれるかも知れないと思いました。
事件性がありそうな案件だと思う地の文です。
「勘弁してください」
どうしても犯罪関連にしようとする地の文に土下座をして懇願する伝助です。
酒野のしくじりを見て、一手と大神がほくそ笑みました。
「樹里さん、来年の事なのですが?」
その隙に山梶が仕掛けました。
(そうはさせるか!)
更に復活した酒野が、
「樹里さん、映画、大ヒットですね。続編はあるのでしょうか?」
話を逸らそうとしました。
「続編であれば、ウチに優先権がありますよ。今回の映画は、ジャパンテレビが協賛しているのですからね!」
そこに割り込んでくる一手です。
「旦那様にお聞きください」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
山梶と酒野と一手は樹里の口癖で応じました。
(チャンスだ!)
大神が満を持して、
「樹里さん、大村先生のお嬢さんである内田陽紅先生原作の『榛名湖殺人事件』を映画化するお話が進んでいるのですが、主演をお願いできませんか? 内田先生にもOKをいただいておりますので」
その話に他の局の面々がギョッとしました。
(まずい! 内田先生は今人気絶頂の推理作家だ! もう先が見えている大村美紗より付加価値が高い!)
頭の中で素早く大人の数学を組み立てた山梶は歯軋りしました。
酒野も一手も同様です。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じたので、山梶と一手と酒野はがっくりとしました。ところが、
「申し訳ありません。来年はテレビ江戸さんで、内田先生の短編推理小説を原作としたシリーズものの刑事ドラマが決まっています」
更に笑顔全開で衝撃の事実を告げる樹里です。
「ええええ!?」
山梶、一手、酒野はもちろんの事、大神も仰天しました。
(テレビ江戸、この忘年会に呼ばれなかったのを何も言ってこなかったのは、そういう事だったのか!?)
一枚上手のテレビ江戸のフットワークの軽さを知り、項垂れてしまう四人です。
「西園寺さんも出演する事になっています」
樹里が笑顔全開で言い添えました。
「ハハハ、そういう事なんです」
タイミングとして、非常にまずい状況なのを察して、顔を引きつらせて応じる伝助です。
(西園寺ィッ! やっぱり干してやるか!?)
四人に睨みつけられ、伝助は心臓が止まりそうになりました。
止まってしまえばいいのにと思う地の文です。
「やめてくれ!」
胸を押さえて苦しみながら地の文に切れる伝助です。
(俺の芸人人生も、風船のトマト煮だ……)
また謎のことわざを思い浮かべ、涙ぐむ伝助です。
「伝助さんのキャスティングは旦那様が要望されました」
樹里のその一言で、
(運のいい奴だ、西園寺め!)
強い者にはとことん弱い四人はすぐに伝助の芸能界追放を諦めました。
(一生ついて行きます、五反田様!)
心の中で手を合わせる伝助ですが、ついて来られては迷惑だと思う地の文です。
「刑事ドラマはいつまで撮影がありますか?」
山梶が訊きました。
「三月までです」
樹里が笑顔全開で言いました。
(よし!)
四人は互いを牽制し合いながら、四月からの樹里争奪戦を考えていました。
めでたし、めでたし。




