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樹里ちゃん、映画の試写会に出席する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は日曜日です。未だに不倫夫の杉下左京は帰って来ません。もう降板させた方がいいと思う地の文です。


「不倫してねえよ! 橋が復旧しなくて、帰れねえんだよ!」


 群馬県吾妻郡にある山神村で地の文に切れる左京です。でも、弁護士の坂本龍子と一緒なのは事実です。


「一緒だけど、不倫はしてねえよ!」


 更に切れる左京です。


 樹里は、先日撮影が終わり、原作者の大村美紗の圧力で、フルスピードで編集作業を終えて上映日が決定した「黄泉の国のシンデレラ」の試写会に出席する事になっています。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 試写会の場所は、銀座にあるキャパが三百席の大型映画館です。美紗の号令で、今まで美紗原作の映画に出演した俳優達がたくさん強制的に集められました。


 作品は鳴かず飛ばずでも、映画界やテレビ界には隠然たる影響力があるので、皆仕方なく集まっています。


「また誰かが私の悪口を言っているようだけど、気のせいなのよ!」


 映画館の控え室で叫ぶ美紗です。


「大村先生、相変わらずだな」


 それを見て、映画のプロデューサーである榊原徹が言いました。


「毎度の事らしいですよ」


 広報部の若い女性スタッフの旭ヶ丘美奈が応じました。スリムでロングヘアです。


「未だに大御所作家だからな。よくもまあ、あれだけの俳優達をノーギャラで呼べたもんだ」


 監督の板倉敦が肩をすくめました。


「おはようございます」


 そこへ笑顔全開で樹里が現れました。


「おはようございます」


 榊原達は美紗を放っておいて樹里に近づきました。


「あら、樹里さん、遅かったわね。私は一時間前には着いていたわよ」


 美紗が大()りして樹里を見ました。


(樹里さんだって遅刻した訳じゃねえよ。あんたが異常に早く来て、映画館のスタッフが大混乱したんだろ!)


 歩く迷惑の美紗に心の中で毒づく榊原です。


「申し訳ありません」


 樹里は深々と頭を下げて謝罪しました。


(樹里さん、そんなババアに謝らなくていいですよ!)


 心の中で叫ぶ板倉です。美紗に教えてあげましょう。


「やめろ!」


 目を血走らせて地の文に切れる板倉です。


「おはようございます」


 樹里の相手役の川崎彗星が現れました。途端に上機嫌になる美紗ですが、川崎は美紗を見ないようにしています。


 美紗はそれには気づいていません。


「そろそろお時間です」


 主催したイベント会社のスタッフが呼びに来ました。


「あら、そう」


 美紗は仰け反ったまま立ち上がったので、後ろに倒れそうになりました。


「危ない!」


 一番近くにいた美奈が素早く美紗を支えました。


「大丈夫よ。私を年寄り扱いしないで!」


 お礼を言うどころか、美奈を怒鳴りつけて、美紗は控え室を出て行きました。


「旭ヶ丘さん、気を悪くしないでね」


 榊原がフォローしました。


「いえ、別に」


 美奈は苦笑いをして応じました。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。


 樹里は榊原達と一緒に上映室へ行きました。


「ああ、樹里さん、お久しぶりです」


 美紗と歓談していたほとんどの俳優達が美紗を無視するように樹里に近づきました。


「樹里さんと再会できて嬉しいです。外藤そとふじ龍二りゅうじです」


 加古井かこいおさむと双璧をなすスケベ俳優です。


「違うよ!」


 見事なまでの紹介をした地の文に切れる外藤です。


「お久しぶりです、外藤さん」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「樹里さん、覚えていますか? 楼年ろうねんエリナです」


 性格が悪い事で有名な俳優です。


「違うわよ!」


 正直な説明をしたはずの地の文に理不尽に切れるエリナです。


「お久しぶりです、楼年さん」


 樹里はまたしても笑顔全開で応じました。


「樹里さん、お疲れ様です」


 そこへ左京と不倫をした事がある貝力かいりき奈津芽なつめが来ました。


「不倫まで行ってないのよ!」


 何故か悔しそうに地の文に切れる奈津芽です。


「奈津芽さん、お疲れ様です」


 樹里は相変わらず笑顔全開で応じました。


 皆が樹里に集まっているので、美紗はムッとしました。


(この映画の原作者は私なのよ! どうして樹里さんにばかり集まるの!?)


 それは貴女の小説だけでは映画化は無理だったからですよと教えたい地の文です。


「また誰がか私の悪口を言ったわ! 貴女、聞こえたでしょ!?」


 美紗は奈津芽の二の腕を掴んで言いました。


「何も聞こえませんでしたけど」


 奈津芽は顔を引きつらせて言いました。


「上映を開始します! 御着席願います!」


 美奈が拡声器を使って伝えました。


「仕方ないわね」


 美紗は特別に用意された専用の仰け反り対応の椅子に腰を下ろしました。


 樹里達もそれぞれ椅子に着席しました。


 やがて場内が暗くなり、映画が始まりました。


 話が進むにつれ、啜り泣きが聞こえ出しました。樹里演じる比良坂ひらさか那美なみが酷いいじめに遭うシーンが続いたからです。


 そして、クライマックスで、一番の理解者と思われた川崎演じる伊佐いさ凪雄なぎおが真犯人とわかり、驚きの声が上がりました。


 凪雄の境遇に泣く人がたくさんいました。やがて上映は終わりました。


「感動しました、樹里さん、川崎さん! 涙が止まりません」


 奈津芽が嘘泣きをしながら言いました。


「嘘泣きじゃないわよ!」


 地の文の推理を真っ向から否定して切れる奈津芽です。


「原作を完全に超えていますよ。素晴らしかったです」


 そこまで言ってしまってから、鬼の形相で睨んでいる美紗に気づき、そそくさと人の後ろに隠れる外藤です。


(でも、本当に素晴らしかったわ。私も泣いてしまった程だから)


 実は大泣きしていた美紗です。原作超えは認めるようです。


「原作の方が感動的よ!」


 また誰もいない空間に向かって怒鳴る美紗を見て、その場にいた樹里以外の人達がゾッとしました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開で応じました。


 めでたし、めでたし。

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