樹里ちゃん、一歩前進する
御徒町樹里は探偵事務所のメイドです。
あまりにも仕事が少ないので、婚約者である杉下左京は、「メイドのいる探偵事務所」として広告を出すべきかどうか真剣に悩んでいるようです。
「出しちゃえば、左京。そうすれば、私のボーナスも増えるし」
役に立たない所員の宮部ありさが無責任にそそのかします。
「お前にボーナスを出す予定ないし」
人気作品のパクリを二人してさり気なく敢行しています。
節操がない作者です。
「何よ、ケチ」
ありさはムッとして顔を背けます。
「だったら爪ばかり磨いてないで、仕事取って来い、無駄に巨乳!」
左京が切れます。
「む、無駄に巨乳って何よ!? 必要十分に巨乳でしょ!」
ありさも負けずに言い返します。
「随分仲がよろしい事で」
「いっ?」
左京がハッと気づくと、元同僚の神戸蘭がドアを開いて立っていました。
「あっ、出たな、無駄に巨乳その弐!」
左京が言い放つと、蘭が銃を構えます。
「誰が無駄に巨乳その弐ですって?」
左京はすぐさま銃を構えようとしましたが、自分が警察官ではない事を思い出して慌てます。
「わわ、冗談だ、蘭、よせ!」
ありさが悪乗りして、
「撃っちゃえ、蘭。こんな女たらし!」
しかし蘭は銃をしまい、
「こんな奴撃って免職になりたくないわ」
と言うと、スタスタと中に入って来て、ソファに座ります。
「何しに来たんだ、蘭?」
左京が向かいに腰を下ろします。すると図々しくありさがその隣に座ります。
「その後どうなの、樹里とは?」
「えっ?」
途端に赤くなる左京です。
「左京ったらねえ、樹里ちゃんと婚約しているのに、私の胸を揉んだりするんだよ、蘭」
ありさがとんでもない事を言い出します。
「それホントなの、左京?」
蘭の目が鋭くなります。
「バ、バカ言うな! こいつが勝手にすり寄って来るだけで、俺は触った事なんかないぞ!」
「ひどーい、あんなに揉んどいてえ」
「ありさ、うるさいわよ」
蘭もありさの「虚言癖」はよく知っていますから、もう相手にするつもりはありません。
「ねえ、警視庁に戻って来る気ない?」
蘭が切り出しました。左京は目を見開いて、
「何言ってるんだ、蘭。あの部長がそんな事許す訳ないだろう?」
「刑事部長は捜査情報を漏洩させた容疑で逮捕送検されて、検察で取り調べを受けているわ」
蘭の言葉に左京は心の中でガッツポーズです。
(必ず最後に正義は勝つんだ)
「だから貴方にとって障害になるものはない」
蘭の目は真剣です。ありさもあまりの緊張感にふざける事ができません。
「いや、まだあるぞ」
左京は蘭を見ます。蘭はフッと笑って、
「亀島君の事?」
「そうだ。あいつは公私共に邪魔だ。あいつがいる限り、俺の復帰はない」
すると蘭は肩を竦めて、
「亀島君なら、田舎の家業を継ぐ事になって、退職したわよ」
「何? あいつ、また辞めたのか?」
前に亀島が警視庁を辞めた事をしっかり覚えている左京は、元同僚の加藤警部の名前はもう忘れています。
「ええ。ドロント特捜班の班長だったけど、全然ドロントを捕まえられないので、職を解かれたのよ。それがきっかけで、退職したわ」
「なるほど。可哀想な奴だ」
口ではそう言いながら、左京は顔がニヤけています。
本当はバッとしないキャラなので、作者が降板させたのです。(嘘です 作者)
「だから貴方には何も障害はないのよ、左京。戻って来て、警視庁に」
蘭はまた真面目な顔で左京を見ます。心なしか、蘭の瞳がウルウルしています。
「悪魔のウルウルは神無月美咲の必殺技だぞ」
左京が意味不明なことを言ったので、蘭とありさは顔を見合わせます。
「とにかく、考えてみて。いい返事、待ってるわ」
蘭は事務所を出て行きました。
「蘭め、左京に未練タラタラね」
ありさは蘭を送り出すと、腕組みして言いました。
「違うよ。お前も俺もいなくなって、亀島も辞めちまったから、寂しいのさ」
左京にしてはまともなセリフです。
「そうなのかな?」
ありさも寂しそうな顔をしました。
「只今帰りました」
そこへ樹里が帰って来ました。
「お帰りなさい。さっき蘭が来てたのよ」
ありさが言うと、樹里は笑顔全開で、
「そうなんですか」
でも樹里は「蘭」が誰の事なのかわかっていないと思われます。
夕方になりました。結局仕事の依頼が来ないので、ありさは帰りました。
「全く、どうしてこんなに仕事が来ないのかな……」
左京は給湯室で洗い物をする樹里に愚痴をこぼします。
「お仕事なら私がしていますから」
樹里は笑顔全開で言います。左京は悲しそうに樹里を見て、
「いや、そういう事じゃなくてさ……」
「そうなんですか?」
樹里は不思議そうな顔で左京を見ます。彼女はスポンジを絞り、「除菌もできる女医」に浸けました。
「どうしたらいいんだろうな、俺は?」
左京は蘭の話を樹里にしました。樹里は左京を見て、
「それは左京さんが決めて下さい。私は左京さんについて行くだけですから」
と笑顔で言います。
「樹里」
左京は樹里の健気さに感動しました。そして彼女の肩に手を置きます。
「左京さん」
樹里が目を閉じました。
(こ、これはもしかして……?)
考える左京です。今日はどっちなのか? 寝てしまったのか、キスを待っているのか?
(ええい!)
悩んでいると、またこの前みたいに呆れられる。そう思い、左京は決断して樹里に顔を近づけました。
「……」
左京の唇が樹里の唇に触れます。信じられないくらいの柔らかさです。
そして、何とも言えないいい匂いがします。
(こ、これは……)
しばらく堪能したい左京でしたが、身体が言う事を聞きません。
彼は樹里から唇を離しました。
「樹里」
「左京さん」
二人は見つめ合い、抱き合いました。
「左京さん」
樹里が左京をウルウルした瞳で見上げます。
「何だい、樹里?」
左京は気取って尋ねます。
「食後は歯を磨いて下さいね」
「……」
今日のお昼は餃子定食だった事を思い出した左京でした。
めでたし、めでたし。