樹里ちゃん、左京を心配する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
不甲斐ない夫で、ヘボ探偵の杉下左京が、群馬県吾妻郡山神村へ不倫旅行に出かけました。
「いろいろとうるせえ! 間違いだらけだ!」
どこかで地の文に切れる左京です。
左京は山神村の村長が示した百万円の成功報酬に釣られて依頼を受け、山神村に向かいました。
ところが、山神村の案件は不倫相手の坂本龍子弁護士が断わったものでした。
「ふ、不倫相手じゃありません!」
顔を赤らめて地の文に切れる龍子です。
龍子は、どうして村長が左京の連絡先を知っているのか、不思議に思いました。
そして、役場に連絡したのですが、何故かその電話番号は使われていませんでした。
どうやら、狸に化かされていたようです。
「それは邪馬神村の話だよ!」
またどこかで切れる左京です。
「わしは狸ではない!」
元邪馬神村の村長の村長団兵衛が出所した刑務所のそばで切れました。
龍子は番号を確認しましたが、村から送られてきたメールのものと合っていました。
「これ、役場からのメールをプリントアウトしたものですから、番号が間違っているのは考えられません。事務所に帰って、調べてみます」
龍子は事務所へ帰って行きました。
樹里は左京の事が心配で、目を潤ませました。
左京のスマホは、ドライブモードになっているのか、つながりませんでした。
樹里は姉の璃里に連絡しました。
「それは妙な話ね。わかった。警察庁の同期に頼んで、群馬県警に連絡してもらうわ」
元警察庁のエリート官僚だった璃里は、すぐに動きました。
「そうなんですか」
樹里は涙ぐんだままで応じました。
「樹里、あまり悪い方に考えないでね」
璃里は折り返しの電話で樹里を励ましました。
「はい」
樹里は涙を拭って応じました。出かけている瑠里と冴里に連絡を取りました。
幸い、二人共、相手の家にいたので、すぐに話ができ、二人共涙ぐんで帰って来ました。
左京の前では冷たい態度を取る瑠里と冴里ですが、本当はパパの事が大好きなのです。
「嫌いではないけど、大好きではない」
瑠里があっさりと否定しました。
「わたしも」
冴里も同じく否定しました。
左京が草葉の陰で泣いていると思う地の文です。
「生きてるよ!」
またどこかで地の文に切れる左京です。
樹里達はリヴィングルームで璃里からの連絡を待っていました。
璃里から連絡があったのは、それから三日後でした。
「違うわよ! 一時間後よ!」
適当に時間経過を伝えた地の文に抗議する璃里です。
「Nシステムで追ってもらったら、左京さんは確かに群馬県に行っているのが確認できたわ。でも、関越自動車道を降りた後、国道をそれたところから追えなくなって、今は群馬県警の捜査員が付近を探しているわ」
璃里の言葉に樹里はまた涙ぐみました。
「左京さん……」
その声を聞き、璃里は言葉を失いました。
母の悲しそうな顔を見て、瑠里と冴里ばかりではなく、乃里と萌里も涙ぐみました。
「左京さんが向かった山神村は、未だに携帯電話の電波が届かない地区があるそうなの。所轄の警察にも連絡してあるから、あまり心配しないで。電波のせいで、連絡が取れないだけよ、きっと」
璃里は妹を励ましました。
「また何かわかったら、連絡するね」
璃里は電話を切りました。その時、玄関のドアフォンが鳴りました。
「はい」
樹里が受話器を取って応じると、そこに映ったのは龍子でした。
「左京さん、連絡取れましたか?」
龍子は嬉しそうに尋ねました。
「嬉しそうじゃないわよ!」
感情表現を誤った地の文に切れる龍子です。
「まだです。姉に頼んで警察に探してもらっていますが」
樹里入ってから、
「先生、お入りください」
リモコンで玄関のドアのロックを解除しました。
「失礼します」
龍子は玄関を入り、リヴィングルームに来ました。
「事務所にあるプリントアウトしたメールにも、同じ電話番号が記載されていました。事務所の電話からかけてみましたが、やっぱりつながりませんでした」
龍子も沈痛な面持ちで言いました。
「そうなんですか」
樹里は暗い表情で応じました。瑠里達はそれを見て、互いに顔を見合わせました。
「私、山神村に行ってみます」
龍子が言いました。
「では、私も……」
樹里が言いました。すると龍子は、
「元はと言えば、私の責任です。私だけで行きます。樹里さんは娘さん達と待っていてください」
不倫の絶好の機会を逃さないために押し切りました。
「違うわよ!」
顔を真っ赤にして地の文に切れる龍子です。
こうして、龍子だけが山神村に向かう事になりました。
「では、失礼します」
龍子は一旦事務所へ帰りました。
それから、更に一時間後です。璃里から第二報が入りました。
「山神村役場に連絡が取れないので、捜査員が直接出向いたら、左京さんの車があって、左京さんは村長室で村長と話をしていたそうよ。村にいたずら電話が多いので、番号を変えたそうなの。人騒がせよね。それから、左京さんの連絡先は、隣の邪馬神村に連絡して、知ったんですって。とにかく、無事が確認できてよかったわ」
璃里が言いました。
「そうなんですか」
樹里はようやく笑顔全開で応じました。
「ありがとう、お姉さん」
樹里がお礼を言うと、
「気にしないで。妹の夫の心配は、して当たり前だから」
璃里は照れているのか、それだけ言うと通話を切りました。
「よかったね、ママ」
瑠里が涙を拭って言いました。
「ええ」
樹里も涙を拭って応じました。
「わーい!」
冴里と乃里と萌里は大喜びしました。
「あ」
樹里は龍子が山神村に向かっている事を思い出しました。
「龍子さん……」
携帯電話はドライブモードになっていて、つながりません。
「今度は坂本先生が行方不明なの?」
瑠里が苦笑いをして言いました。
「それがねらいだったりして」
冴里がボソッと言いました。
「ありうるかも」
瑠里が同意しました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
そして、連絡がつかない状態の龍子はそのまま山神村に着きました。
「あれ、先生、どうしたんですか?」
呑気な顔で出迎えた左京を見て、
「バカァッ!」
号泣して抱きついてしまう龍子です。
「わわ、坂本先生!」
左京は村長達の白い目を感じながら、龍子を押し退けました。
めでたし、めでたし。