樹里ちゃん、お墓参りにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。樹里の不甲斐ない夫の杉下左京の先祖のお墓参りに行く事になっています。
「樹里の先祖の墓参りもしよう」
土曜日に左京が提案しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、撮影の時、お姉さんに代わりに来てもらえないでしょうか?」
もう一人のメイドの目黒弥生に泣きつかれたので、
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じて、姉の璃里に五反田邸の仕事を頼みました。
璃里も、息が詰まるような母親との生活から逃れたいので、二つ返事で引き受けました。
「他人聞きの悪い事を言わないで! 今は別の家に住んでいるわよ!」
見事に言い当てた地の文に切れる璃里です。そして、今日は夫の竹之内一豊と共に樹里の家で留守番です。
そのため、ゴールデンレトリバーのルーサも留守番です。
「ママのお祖母ちゃん、怖いから、いやだ」
長女の瑠里が言いました。
「わたしも」
次女の瑠里が同意しました。
「のりはすきだよ」
三女の乃里は樹里の祖母の美玖里に可愛がられているので、反応が違います。
「もりもすきー」
四女の萌里はようやく話せるようになって来ました。
(ずるいぞ、乃里、萌里!)
瑠里が睨みつけましたが、乃里と萌里は二人で盛り上がっており、気づいていません。
「ひいお祖母ちゃんのところへは行きませんよ。ひいお祖母ちゃんのお母さんのお墓参りに行くのです」
樹里が笑顔全開で説明しました。
「そうなんですか」
瑠里と冴里はホッとして笑顔全開になりました。
(俺も美玖里さんには会いたくなかったから、よかった)
左京もホッとしました。早速美玖里に伝えようと思う地の文です。
「やめろ!」
美玖里は由里より怖いので、震えながら地の文に切れる左京です。
こうして、樹里達はミニバンでまずは左京の先祖の墓がある埼玉県へと向かいました。
「わーい!」
美玖里に会わないとわかった瑠里と冴里は大はしゃぎです。帰りに御徒町旅館に寄るかも知れないと予言する地の文です。
「やめて!」
涙ぐんで地の文に抗議する瑠里と冴里です。
可愛いので希望を叶えてあげようと思う地の文です。
そんな事をしているうちに、ミニバンは関越自動車道を降り、国道を西へと走りました。
「思ったより、道がすいていたな」
助手席でぐっすり眠っていた左京が言いました。
「眠ってねえよ!」
正直に描写した地の文に言いがかりをつける左京です。
結局、さして取り上げるような出来事はなく、樹里達は墓参りをすませました。
「おい!」
自分が近いうちに入る予定の墓を雑に扱った地の文に切れる左京です。
「それもやめろ!」
縁起でもない事をしれっと述べた地の文に切れる左京です。
左京が一人で大騒ぎしているうちに、ミニバンはG県に入りました。
やがて、I温泉の最寄りのインターチェンジであるSIインターチェンジを降り、I温泉へと向かいました。
「ママ、この道、ひいお祖母ちゃんの旅館に向かってない?」
瑠里が怯えて尋ねました。左京と冴里もビクッとしました。
「お墓は温泉街の近くにあります」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
瑠里と冴里と左京は引きつり全開で応じました。
ミニバンは温泉街に入る手前を右折して、違う道を走りました。
瑠里と冴里と左京はホッとしました。
「ここですよ」
樹里は大きな霊園の駐車場にミニバンを駐めました。
「あら、久しぶりだね、ヒモ亭主」
聞き覚えのある声に左京と瑠里と冴里が震え上がりました。
声が聞こえた方を見ると、ニヤリとした顔でこちらを見ている美玖里が立っていました。
「こっちの墓参りにも来たのかい? で、由里は?」
美玖里は樹里達を見渡して尋ねました。
「お母さんは来ていません」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうかい、そうかい。相変わらず、先祖への感謝が足りない女だねえ」
美玖里が不機嫌になったので、左京が慌てて、
「あの、今回は自分の先祖の墓参りをして、樹里の先祖の墓参りもしようという事になったので、お義母さんには声をかけていないんです」
由里を擁護しました。
「ふうん、そうかい」
美玖里は左京を頭の天辺から爪先まで見ました。
「まあ、どっちにしても、来ない事に変わりはないよ」
美玖里は手桶に柄杓を入れると、霊園を出て行こうとしました。
「遅くなりました!」
するとそこへ、夫の西村夏彦と共に由里が現れました。
「おやおや、珍しい顔が来たねえ。今日は何の用だい?」
美玖里は皮肉たっぷりの顔で訊きました。
「もちろん、ご先祖様にお参りに来たんです、お母さん」
由里は苦笑いをして応じました。
「そっちは何人目の亭主だい?」
美玖里は更に嫌味を言いました。
「二人目です」
由里は苦笑いしたままです。
「ヒモ亭主、帰りに寄りなよ。今日はいい魚が入っているから」
美玖里は左京を見ないで告げると、霊園を出て行きました。
「相変わらずねえ、お母さんは」
由里は肩をすくめました。
「そう言えばさ、左京ちゃんて、私のお父さんに似ているよね?」
由里は樹里に言いました。
「え?」
左京はビクッとしました。
「そうですね。お祖母ちゃん、前回左京さんが来なかったので、寂しそうでしたよ」
樹里が言いました。
「えええ!?」
左京と瑠里と冴里が叫びました。
「そうなの? じゃあ、お母さんに会いに来る時は、左京ちゃんと来ようかね」
悪い顔で言う由里です。
「そんなあ……」
夏彦は由里の衝撃発言にショックを受けています。
「ははは……」
複雑な思いの左京は引きつり笑いをするしかありませんでした。
「冗談に決まってるじゃん、夏彦さん。間に受けないでよ」
由里は夏彦の背中を叩きました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開です。
めでたし、めでたし。