樹里ちゃん、妊娠する?
御徒町樹里はメイド探偵です。
婚約者の杉下左京も一目置く探偵能力があります。
でも樹里にはその自覚はないので、夜の空いた時間に内職を始める事にしました。
「樹里、そんなに俺は甲斐性がないのか?」
左京が泣きながら尋ねたので、樹里はビックリしました。
「どうしてですか、左京さん?」
彼女が不思議そうな顔で左京を見ると、左京は何故か顔を赤らめて、
「あ、いや、いいんだ。只、俺はお前の身体が心配なんだ。働き過ぎだろう?」
「そうなんですか?」
樹里は自分が働き過ぎだと思っていないようです。
「新聞配達は朝だけですから、まだ夕方も働けますよ」
樹里は笑顔全開で「追い討ち」をかけます。
もちろん、彼女にはそんなつもりはゾウリムシの繊毛ほどもありません。
「あ、そうか……」
言えば言うほど樹里の労働意欲を刺激するだけだと思った左京は諦めました。
「でも、赤ちゃんができたら、そんなにたくさんは働けませんよね」
左京はギクッとしました。
(何だ、今の発言は? またありさの奴が樹里に乗り移ったのか?)
ふと横を見ると、使えない所員である宮部ありさはせっせと爪を磨いていました。
「赤ちゃん?」
左京は樹里を見て尋ねます。すると樹里は、
「はい。赤ちゃんができたら、一日中働くのは無理ですよね」
「そ、そうだな」
邪な考えからできている左京はニヘラーッとして言いました。
「オムツを取り替えたり、ミルクを上げたりしないといけないですから」
樹里が笑顔で左京を見るので、左京はハッとしてにやけ面をやめました。
「そ、そうだな」
左京は何となく違和感を感じました。
何故生まれてからの話をするんだ?
俺はまだ何もしていないぞ?
イデオンのナブール・ハタリの気持ちがわかる左京です。
「ねえ、予定日はいつなの?」
不意に顔を上げたありさが樹里に尋ねます。
「予定日?」
左京が素っ頓狂な声を出したので、ありさがムッとした顔で、
「何よ、左京。貴方、予定日を知らないの?」
「へ?」
何の事だ? 俺は異世界に飛ばされたのか?
左京は混乱しました。
「十二月です」
「は?」
樹里が笑顔で答えるのを聞き、左京はほんの少しだけホッとします。
十二月が予定日なら、樹里のお腹はもっと出ているはずです。
「でも、あんまり目立たないよねえ」
ありさが不吉な事を言います。
左京の全身に嫌な汗がドカンと噴き出しました。
「そうなんですか?」
樹里は不思議そうな顔でありさを見て、自分のお腹をさすります。
左京が蒼くなりました。
(ウソだろ、樹里? ウソだろ?)
今度はユウキ・コスモの気持ちがわかる左京です。
「お姉さんとどっちが早いかしらね、左京?」
ありさがニヤニヤして左京を見ます。
「え?」
何だ? 樹里の姉の璃里さんも妊娠しているのか?
どっちが早いって、どういう意味だ?
まさか……。
左京は涙ぐんで樹里を見ました。
「樹里……」
左京は何故か気を失ってしまいました。
「う?」
意識を回復した左京は、ソファの上に横になっていました。
「大丈夫ですか、左京さん?」
樹里が尋ねます。もう外は真っ暗で、ありさは帰ったようです。
「樹里、あのさ……」
左京は勇気を出して尋ねる事にしました。
「ありさが言ってた『お姉さんとどっちが早い』ってどういう意味だ?」
「私達の結婚とどっちが早いかという事ですよ」
樹里は笑顔全開で答えました。そして、
「璃里お姉さんに赤ちゃんができたんです。十二月に生まれます」
「そ、そうか……」
それはさっきわかった。問題は樹里だ。左京は樹里を見ます。
「その、樹里も妊娠しているのか?」
「どうしてですか?」
樹里がほんの少しだけ怒った顔になったのを左京は見ました。
「あ、いや、別に俺はその……」
慌てふためく左京です。
「いくら私と璃里お姉さんが似ていても、間違えないで下さい」
「あ、ああ……」
そっちを怒ったのかよ。樹里の相変わらずさに左京は少しだけホッとします。
「さっきお腹をさすったのはどうしてなんだ?」
左京は尋ねました。樹里はニコッとして、
「私も早く赤ちゃんが欲しいなって思ったんです」
「樹里……」
左京はソファから起き上がり、樹里の肩に手をかけます。
「式なんか後にして、籍を入れよう。俺も早く子供が欲しい」
「そうなんですか」
樹里が真顔になり、目を瞑りました。
(また寝ちまったのかな?)
左京はしばらく樹里を見ていました。すると、
「左京さんの意地悪」
と樹里は目を開け、事務所を出て行ってしまいました。
「えええ!?」
今のは、キスを待っていたのかよ!?
わからん! わからん事が多過ぎるぞ、御徒町一族!
左京はまた混乱しました。
めでたし、めでたし。