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樹里ちゃん、史上最恐のお化け屋敷に招待される

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は日曜日です。樹里は家から程近い東京フレンドランドに来ています。


 かつて、ここには日本で三番目に怖いと言われたお化け屋敷がありました。


 ところが、何年か前、次々にお化け役のスタッフが辞めてしまい、続けられなくなって閉鎖されていました。


 経営陣は、お化け屋敷こそ、遊園地を救う起爆剤になるとカリスマもどきの経営コンサルタントに騙されて、五億円をかけて改修工事をし、新たにお化け役のスタッフを募集して、オーディションを重ね、選りすぐりの演技派を揃えました。


「怖くなければ、お化け屋敷じゃない」


 どこかで聞いたフレーズに似ているキャッチコピーを掲げて、大々的にお化け屋敷を前面に押し出して宣伝をしました。


 そして、樹里が近くに住んでいるのを知り、客寄せに一役買ってもらおうと考え、初日の入場者として招待し、それを聞きつけたブジテレビとタイアップして、相乗効果を狙った作戦を実行する事にしました。


「お待ちしていました、御徒町さん」


 樹里を出迎えた広報室長が不用意な発言をしました。


「お待たせして申し訳ありません」


 樹里は深々と頭を下げて謝罪しました。某俳優より綺麗なお辞儀だと思う地の文です。


「あ、その、そういうつもりで申し上げたのではありませんので、お顔を上げてください」


 広報室長は嫌な汗をハンカチで拭いながら言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 瑠里達は最初は来たがったのですが、お化け屋敷と聞き、すぐに撤回しました。


 そして、不甲斐ない上に情けなくて稼ぎもない夫で父親の杉下左京と留守番をする事になりました。


「ううう……」


 反論の余地がないので、項垂れるしかない左京です。


 


 樹里は広報室長に案内されて、お化け屋敷の前に来ました。すでに樹里見たさにたくさんの客が列をなしています。


 お化け屋敷の入り口の横には、「名女優・御徒町樹里さん来場!」と大きな看板が建てられています。


「樹里ちゃーん!」


「樹里さーん!」


「こっち見てー!」


 様々な声が聞こえてきています。


「では、新装オープンの第一番目のお客様として、御徒町樹里さんに入っていただきます。私、実況担当の崎山陽子です」


 ブジテレビの看板アナのザキヤマアナが震えながら言いました。


 実はお化けが苦手で、断ろうと思ったのですが、新人アナに仕事を盗られると思い、意を決して引き受けたのです。


「ザキヤマじゃなくて、さきやまです! イメージ悪くなるからやめてください!」


 ちょっとしたいい間違えをした地の文に切れる崎山アナです。


「はっ!」


 我に返ると、すでに樹里はお化け屋敷に入っていました。


「待ってください、樹里さん! 置いていかないでえ!」


 涙ぐんで樹里を追いかける崎山アナです。その後から、技術さん達がディレクターと入って行きました。


「ヒーファー!」


 樹里が中を進むと、いきなりゾンビが現れました。


「そうなんですか」


 しかし、樹里は全く動じず、笑顔全開で応じました。


(やっぱりこの人、苦手だ!)


 何年か前にこのお化け屋敷で働いていたスタッフですが、リベンジに燃えてオーディションを勝ち抜き、今日を迎えたのです。


 しかし、また樹里の笑顔の洗礼を浴びて、自信を失いそうです。


「ひいいい!」


 その後から入って来た崎山アナが絶叫したので、そのスタッフは何とか持ち直しました。


(あの人が特殊なだけだ)


 そう思う事にしたスタッフです。


 樹里は更に奥へと進みました。すると今度は、天井から逆さに血みどろの髪の長い女が降りて来ました。


(この人のせいで俺はお化けを諦めたんだ! 今回は負けない!)


 樹里の事を覚えていて、ずっと仕返ししてやろうと闘志を燃やしていた人なのです。


「大丈夫ですか?」


 しかし、樹里は怖がるどころか、気遣って来ました。


「大丈夫です……」


 その優しさに涙が出てしまうスタッフです。


「いやああああ!」


 崎山アナが続いて来て、また絶叫しました。


「樹里さん、先に行かないでください!」


 崎山アナは樹里の右手を握りました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じ、崎山アナと一緒に次のエリアに進みました。


「崎山のマイク、オフにしとけ。鼓膜が破れそうだ」


 音声さんが助手に告げました。


「はい」


 助手は機材を操作しました。


 樹里達が入ったのは霊安室です。棺桶が三つ並んでいて、蝋燭の火がそれを照らしており、どこからか風が吹いていて、火が揺れるので、棺桶の影が薄気味悪い動きをしています。


 ギイイと木が軋む音がして、右の棺桶の蓋が開きました。


「いやあああ!」


 また崎山アナが叫びましたが、マイクがオフになっているので、中継車には音声が届いていません。


(声は後から足せばいい)


 音声さんはニヤリとしました。


 棺桶から、全身に包帯を巻かれた女がむくりと起き上がりました。


「ひいいいい!」


 崎山アナは恐怖のあまり、樹里の背後に隠れました。


(御徒町樹里、貴女に恐怖を教えてあげるわ!)


 それはかつて樹里と同じ事務所にいた下戸しもと那奈ななでした。


 本来は、起き上がるだけなのですが、那奈は棺桶から出て、樹里に襲いかかろうと考えていました。


「樹里さん、樹里さん、逃げましょう!」


 包帯女が棺桶から出て来ようとしているのに気づき、崎山アナが樹里に言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「しゃあああ!」


 那奈は持ち前の運動神経で棺桶から飛び出すと、樹里に駆け寄りました。


「お久しぶりです、下戸さん。お元気そうで何よりです」


 樹里が笑顔全開で握手して来たので、


「え、あ、ありがとう……」


 完全に拍子抜けした那奈は何もできずに立ち尽くしました。


(え? 女優の下戸那奈さん?)


 相手が誰なのかわかり、崎山アナは落ち着きを取り戻して、まじまじと那奈を見ながら、樹里についてその場を離れました。


 こうして、樹里は次々にフロアをクリアし、全く怖がる事なく、お化け屋敷を出ました。


「樹里さん、怖かったですね。さすが、五億円をかけて改修しただけの事はありますね!」


 崎山アナが涙ぐんで言いました。


「そうなんですか?」


 樹里は小首を傾げて応じました。


 お化け屋敷は大盛況となり、東京フレンドランドは活気を取り戻したそうです。


 めでたし、めでたし。

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