樹里ちゃん、家に帰る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
G県S市にあるI温泉の御徒町旅館に夏期休暇で訪れていた樹里達と姉の璃里達は一週間の休みを満喫して、東京に帰って来ました。
「私達は明日までお休みだけど、樹里は明日から仕事なの?」
別れ際に璃里が尋ねました。
「左京さんはお休みせずにずっと働いていましたから」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなの」
苦笑いをして応じる璃里です。
樹里の娘の瑠里達と璃里の娘の実里達は別れを惜しみ、最後は涙ぐんでいました。
「ずっと会えない訳じゃないから」
璃里は実里と阿里を宥めました。
しかし、璃里は知りません。実里は瑠里達と別れると、璃里が怖くなるのを恐れているのです。
「そんな事ないわよ!」
真実に辿り着いた地の文に切れる璃里です。
「実里お姉ちゃん、またね」
長女の瑠里も実里達と別れると、樹里がもっと怖くなるのを恐れていました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
(樹里さんて、もっと優しい人だと思っていたんだけど、実は怖い人だったのには驚いた)
璃里の夫の竹之内一豊は思いました。怖いのは自分の妻だけではなかったのだと。
「そんな事は思っていない!」
根も葉もないところから捏造するのが得意な地の文に切れる一豊です。
「一豊さん、家に帰ったら、お話があります」
璃里が何かを察して一豊の背後に立ちました。
「ヒイイ!」
思わず悲鳴をあげてしまう一豊です。
「では、失礼します」
樹里はマイクロバスの運転席から挨拶すると、五反田グループのカーリース会社へと向かいました。
「樹里ー!」
樹里達の乗るマイクロバスがカーリース会社の駐車場に着くと、知らないおじさんが手を振っていました。
「夫の杉下左京だよ!」
地の文の軽い冗談に激ギレする左京です。
不倫相手の坂本龍子との旅行を終えて、樹里に金の無心に来たようです。
「不倫相手じゃねえし、金の無心じゃねえし!」
更に切れる左京です。前回出番が少なかったので、多めに切れているようです。しかも、龍子との旅行は認めました。
「認めてねえよ!」
続けざまに切れる左京です。
「左京さん!」
今日イチの笑顔で左京を見る樹里です。
樹里はマイクロバスを返した後、駐車場まで左京に迎えに来てくれるように言っていたのです。
さすが樹里です。左京にはそんな気遣いも思いつけなかったのです。
「思いついていたよ!」
動揺しながら地の文に切れる左京です。嘘がバレバレです。
「パパ!」
樹里が怖い瑠里と次女の冴里は、ここぞとばかりに左京に媚びました。
「お帰り、瑠里、冴里」
何も事情を知らない左京は、デレデレして二人を抱きしめました。
(瑠里はすっかり樹里にそっくりになって来たな)
左京はしみじみと思い、どうせなら、璃里さんに会いたかったと思いました。
「やめろ!」
図星を突いた地の文に切れる左京です。
「せまいね」
左京の車に乗った冴里が言いました。
「ううう……」
左京は項垂れて運転席に乗りました。
「冴里」
樹里の真顔全開からの凍りつくような声が響きました。
「ごめんなさい、ママ」
冴里は顔を引きつらせて謝りました。
(さーたん、そういうところよ)
前回の仕返しのように瑠里は妹の失態を笑いました。
樹里は四女の萌里をチャイルドシートに乗せて固定し、その両脇に冴里と三女の乃里を乗せました。
「瑠里は助手席に乗りなさい」
樹里が言いました。
「え? 樹里はどうするの?」
左京が尋ねました。
「私はバイクで帰ります」
樹里はいつの間にか黒のライダースーツを着て、黒のフルフェイスのヘルメットをかぶっていました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じる左京です。
「では」
樹里はシールとを下げると、素早くエンジンをかけ、スーッと走り去りました。
「パパ、ママを追いかけて!」
瑠里が言いました。
「いや、無理だよ。ママは抜け道の達人なんだし、バイクは自動車が通れない道も行けるから」
交通違反を続けてしまっている左京は、捕まるのが怖いのでそんな弱気な発言をしました。
「ふーん」
瑠里の冷たい視線を感じながらも、俺は間違った事は言っていないと自分に言い聞かせる悲しい父親です。
「かはあ……」
痛いところを突かれて、血反吐を吐く左京です。
「瑠里はママに似て来たな。綺麗になったよ」
それでも左京は瑠里に媚びました。
「媚びてはねえよ! ホントの事を言っただけだ!」
正しい事を言ったはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「そう?」
瑠里は心なしか嬉しそうです。
「でもおっぱいはないよね」
後部座席から冴里が言いました。
「うるさいわね!」
気にしている事を言われて、冴里に怒鳴る瑠里です。
(何を言っても瑠里を怒らせるだけか)
声をかけようとした左京は何も言わずに車を発進しました。
「ママが大き過ぎるの! ね、パパ?」
いきなり瑠里にとんでもない事を訊かれて、
「そ、そうかな?」
焦って呂律がうまく回らない左京です。
「パパ、嫌い」
瑠里はムッとして窓の外に目を向け、黙り込んでしまいました。
「ええ?」
左京は瑠里の非情な言葉に愕然とし、後ろの車にクラクションを鳴らされるまで、信号待ちをしたままでいました。
「さーたんはパパのこと、だいすきだよ」
冴里が運転席のヘッドレストに掴まって言いました。
「そ、そうか。嬉しいよ、冴里」
左京はルームミラー越しに言いました。
「のりもパパのこと、だいすきだよ」
乃里が言いました。
「ありがとう、乃里」
左京が言うと、
「二人ともずるい! それじゃお姉ちゃんがワルモノみたいじゃない!」
ふてくされていた瑠里が妹達を見て言いました。
「そんな風には思っていないよ、瑠里」
左京が言いました。
「そ、そう」
瑠里は少しだけ顔を赤くしてまた窓の外を見ました。
(皆、好い子に育っている)
左京は感動しながら、家路を急ぎました。
めでたし、めでたし。




