樹里ちゃん、週刊誌に激写される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日も樹里は笑顔全開で出勤します。
「ママ、行ってらっしゃい」
長女の瑠里が笑顔全開で言いました。
「ママ、いってらっしゃい」
次女の冴里と三女の乃里も笑顔全開で言いました。
四女の萌里は笑顔全開です。
「行って参ります」
樹里は笑顔全開で応じました。
「行ってらっしゃい」
不甲斐ない夫の杉下左京は項垂れ全開で言いました。
依頼人に逃げられて、只働きになってしまったからです。
でも、人生が只働きのようなものなのですから、今更落ち込まなくてもいいと思う地の文です。
「うるせえ!」
しっかりとした意見を述べた地の文に理不尽に切れる左京です。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」
そこへ性懲りもなく現れる昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
「失敬な! 我らは清く正しく生きています!」
意味不明な言葉で地の文に抗議する眼鏡男達です。
「はっ!」
我に返ると、いつものように全員いなくなっていました。
(ああ、如何ともし難い悦楽の境地。癖になりそうだ)
放置プレーに喜びを感じてしまう眼鏡男です。
「樹里さん、弥生です。今、どこにいらっしゃいますか?」
樹里が小田急線に乗っている時、弥生弥生詐欺の電話がかかってきました。
「詐欺の電話じゃないわよ!」
電話の向こうで地の文に切れる目黒弥生です。
「今、小田急線に乗っています」
樹里は笑顔全開で答えました。
「そうですか。お邸にたくさんマスコミが来ているんです。どうやら、樹里さんを待っているみたいです」
弥生の声が言いました。
貴女の過去を探りに来たのではないのですか?
「やめてー!」
執拗な地の文の追及に叫んでしまう弥生です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「漏れ聞こえた話では、樹里さんがある芸能人とツーショットで歩いているところを写真週刊誌に撮られたと言っていました。大丈夫なんですか?」
興味津々の声で尋ねるゲスな女です。
「違うわよ! 心配しているのよ!」
また電話越しに地の文に切れる弥生です。
「大丈夫ですよ。私は何も恥ずかしい事はしていませんから」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか。でも、気をつけてくださいね」
弥生との通話を終えて、樹里は成城学園前駅で降りました。
「樹里様、我らが命を懸けてお守り致します」
眼鏡男達が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じて、五反田邸へと歩き出しました。
「あ、樹里さん、写真に写っている男性とはどういうご関係ですか?」
樹里に気づいた男性のレポーターが言いました。
「お付き合いをされているのですか?」
女性のレポーターが尋ねました。
「違いますよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里様は出勤途中です。お下がりください」
眼鏡男が立ちはだかって言いましたが、
「それは本当ですか?」
レポーターの大群に押しのけられてしまいました。
「どこの会社の方ですか? 旦那様に報告しますよ!」
そこへ弥生が来て叫びました。その言葉にほとんどのレポーターがビクッとしました。
「ご本人が否定しているのに尚もしつこく尋ねるのはどうかと思いますよ」
珍しく真っ当な事を言う弥生です。
「お引き取りください」
警備員の皆さんが門の前でレポーター達を食い止めました。
樹里と弥生が邸に入ってしまったので、レポーター達はすごすごと引き上げて行きました。
「それでは我らはまたお帰りの時に!」
眼鏡男達は玄関に向かって叫ぶと、帰って行きました。
「これなんですよ」
弥生は更衣室で樹里に写真週刊誌を見せました。
それには笑顔全開の樹里と顔をぼかされた樹里より身長の低い男が写っていました。
「どうして芸能人の方が顔をぼかされているのか不思議なんですけどね」
弥生は苦笑いしました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じてから、
「この隣の男性は西園寺伝助さんですよ。先日、プールに行った時に撮られたのです」
「そうなんですか」
弥生は樹里の口癖で応じました。
(それにしても、顔をぼかされるって、芸能人として屈辱なんじゃないの?)
笑いを嚙み殺す悪い弥生です。
その頃、
「嘘だろ」
まるでユ○キ・コス○みたいに呟く左京です。写真週刊誌を見ているのです。
(この隣の男、芸能人なんだろ? どうして顔をぼかす必要があるんだ? ていうか、どうして樹里の顔はそのままなんだよ!?)
今は一般人の樹里のプライバシーが侵されているのに憤激する左京です。
「この週刊誌、訴えてやろう。坂本先生にお願いするか」
早速、不倫の口実を見つけて喜ぶ左京です。
「違うよ!」
真実に近づいた地の文に血の涙を流して切れる左京です。
「どういう事だよ!?」
もう一人、憤激している者がいました。
顔をぼかされた芸能人らしき男です。
「芸能人だよ! 有名人だよ! そこそこ稼がせてもらってるよ!」
正しい事を言ったはずの地の文に切れる西園寺伝助です。
(どうして樹里さんの顔は出ていて、俺の顔はぼかされてるんだよ!? 逆だろ! 普通、俺の顔が出ていて、樹里さんの顔がぼかされるはずだろ!)
認知度の差が現実となったのだと推測する地の文です。
「ううう……」
テレビに出ている割には好感度は低いのを気にしていた伝助は項垂れました。
「いや、これはチャンスだ。樹里さんと噂になって、もっと認知度を上げるんだ! 洗剤が1ユーロのチャンスだ!」
伝助はガッツポーズしました。
どうやら、「千載一遇」を間違えているようだと思う地の文です。
しかし、伝助の目論見は見事に外れました。
五反田グループが写真週刊誌に抗議し、左京が坂本龍子弁護士を通じてプライバシーの侵害で訴えると抗議したので、写真週刊誌は謝罪し、販売した週刊誌を回収したのです。
結局、ぼかしの男は誰なのかもネットニュースにならず、樹里の好感度もあり、全く騒がれませんでした。
(俺って一体……)
伝助は悲しみに打ちひしがれました。そんな中、伝助の事務所に樹里からの手紙が届きました。
「おおお!」
伝助はそれを読んで号泣しました。樹里が迷惑をかけて申し訳ありませんと謝っていたのです。
(やっぱり、樹里さんは女神様だ。地獄にホットケーキだ)
伝助は間違ったことわざで樹里に感謝しました。
めでたし、めでたし。