表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
702/839

樹里ちゃん、特別企画番組の出演をオファーされる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日も樹里は笑顔全開で出勤します。


「行ってらっしゃい」


 いつも不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。


「いつもって何だよ!」


 地の文のちょっとした言い回しの変化に切れる左京です。


「ママ、行ってらっしゃい」


 長女の瑠里が言いました。


「ママ、いってらっしゃい」


 次女の冴里が言いました。


「いってらしゃい」


 三女の乃里が言いました。四女の萌里はその隣で笑顔全開で立っています。


「行って来ますね」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」


 いつものように昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。


「いつもありがとうございます」


 樹里は笑顔全開でお礼を言い、JR水道橋駅へと向かいました。


「行ってくるね!」


「いってくるね!」


 瑠里と冴里は集団登校の一団に加わり、小学校へ向かいました。


「さて、行こうか」


 左京は萌里をおんぶして、乃里と手を繋いで保育所へ向かいました。


「ワンワン!」


 ゴールデンレトリバーのルーサが、


「今日はうまくいったな」


 左京を褒めているかのように吠えました。


 


 樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。


「それでは樹里様、お帰りの時にまた」


 眼鏡男達は敬礼して去りました。


「ありがとうございました」


 樹里は笑顔全開で頭を下げました。


「樹里さーん!」


 そこへいつものようにもう一人のメイドの目黒弥生が走って来ました。


「おはようございます、弥生さん」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。


「おはようございます。今日は特に来客の予定はありませんが、突然のご訪問があるかも知れません」


 弥生が言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 樹里は邸に着くと、更衣室でメイド服に着替え、弥生と共に掃除を始めました。


 庭掃除に取り掛かろうとしたところへ、黒塗りのリムジンが入って来て、車寄せで停まりました。


 上から目線の推理作家のバアさんではないようです。


「誰かが悪口を言っているようだけど、気のせいなのよ!」


 どこかで必死に幻聴と戦っている大村美紗です。


 リムジンの後部ドアが開き、ゾロゾロとフォーマルな格好をした人達が降りて来ました。


 テレビ夕焼のチーフプロデューサーの山梶やまかじ欣三きんぞう、大東京テレビ放送の編成局長の大神おおがみ少年すくなとし、ブジテレビの常務取締役の酒野さけの投馬美つまみ、テレビジャパンのゼネラルプロデューサーの一手いって九蔵きゅうぞうでした。


「いらっしゃいませ」


 樹里と弥生は玄関に立ち、深々とお辞儀をしました。


「実は樹里さんに折り入ってお願いがあって、揃ってお伺いしました」


 山梶は代表して言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 そして、四人は応接間に通されました。樹里がキッチンに行こうとすると、


「あ、お気遣いなく。すぐに帰りますので」


 酒野が言いました。実は頻尿で、飲み物を口にするとすぐにトイレに行きたくなるのです。


「違います! それ、セクハラですからね!」


 顔を真っ赤にして地の文に切れる酒野です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「では早速、お話に入らせていただきます」


 一手が言いました。四人は大きいソファに並んで座りました。五反田邸仕様なので、まだ余裕があります。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で向かいのソファに座りました。


「実は今回、東京キー局四社でぶち抜き企画を立ち上げまして、四局同時に同じ番組を放送する事になりました」


 大神が言いました。


「来週の土日で放送する予定なのですが、その番組に樹里さんと松下なぎささんに来賓としてご出演いただき、番組を盛り上げていただこうと考えております」


 山梶が言いました。


「何時から何時まででしょうか?」


 樹里が笑顔全開で時間を訊いて来たので、


(お、出てくれそうだ!)


 四人は心の中でガッツポーズをしました。


「時間はゴールデンタイムの午後七時から午後九時までです。高視聴率のためにどうかご出演願います!」


 酒野が涙ぐんで言いました。


「五月二十八日と二十九日ですね」


 樹里はポケットからスマホを取り出すと、スケジュールを確認しました。


 四人のテレビ関係者はごくりと唾を呑み込みました。


「ちょっと難しいですね」


 樹里は当日のスケジュールを見て言いました。


「ええ?」


 山梶はギョッとしましたが、


「そこを何とか出ていただけませんか? お子さんにワン太夫のグッズをありったけ差し上げます!」


 物で釣ろうとしました。


「ウチからは天空タロウの特大人形を差し上げます!」


 一手が割り込みました。


「ウチからは、トン子とトン二郎の人形の詰め合わせを!」


 大神が更に割り込みました。


「ウチからはリックとガックのペア人形を差し上げます!」


 酒野がバッグから薄気味悪い人形を取り出しました。


「そうなんですか」


 樹里が笑顔全開で応じたので、


「出ていただけるのですね?」


 四人が異口同音に尋ねました。すると樹里は、


「大変申し訳ありませんが、無理です。他の方にお願いしてください」


 立ち上がって深々と頭を下げました。


「ギャラですか? ギャラなら、今までの三倍出しますから!」


 山梶が涙ぐんで言いました。


「うちも出しますから、お願いします」


 一手が言いました。


「ウチは五倍まで出せます!」


 酒野が裏切り行為に及びました。


「だったら、ウチだって七倍出せますよ!」


 大神が更に裏切りました。


「ギャラは一律でしょう? 卑怯ですよ!」


 山梶が酒野と大神を睨みました。


「お金の問題ではないのです」


 樹里が言いました。


「ええ?」


 四人は仰天して樹里を見ました。


「一体何が問題なのですか?」


 大神が訊きました。すると樹里は、


「来週の土日の午後七時から九時は、テレビ江戸さんの『うぃんたーずの一歩二歩散歩』の特別番組に出る事になっています」


 その衝撃の事実に四人は真っ青になりました。


(禁断の裏かぶりか!)


 四人は歯ぎしりしました。


(企画の段階でテレ江戸は外していたんだった。それを抗議されたが、無視したせいで、これか……)


 四人はテレビ江戸を舐めていた事を後悔しました。


「放映日の変更を検討してみます」


 もう絶対にそんな事は無理なのに、四人はそれしか言えず、項垂れて帰って行きました。


「申し訳ありませんでした」


 樹里は走り去るリムジンが見えなくなるまで頭を下げていました。


 


 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ