樹里ちゃん、由里の実家へ遊びにゆく(前編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は、毎週が大型連休の不甲斐ない夫の杉下左京と共に樹里の母親である由里の実家があるG県S市のI温泉に旅行をする事になりました。
連休の真っ只中だと樹里の祖母の旅館に迷惑がかかるので、連休の初日から二日だけ行くのです。
「毎週が大型連休じゃねえよ!」
少しは働いていると主張したいミニバンの助手席の左京が地の文に切れました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、運転席の樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
長女の瑠里と次女の冴里も笑顔全開です。
「しょーなんですか」
チャイルドシートの三女の乃里も笑顔全開です。四女の萌里はベビーシートで眠っています。
「ワンワン!」
トランクにケージに入れられて乗っているゴールデンレトリバーのルーサが、
「働かざる者、食うべからずだな」
そう言っているかのように吠えました。
(樹里のお祖母さんて、由里さんより怖いんだよなあ)
以前、「ヒモ亭主」と言われたので、すっかり樹里の祖母の美玖里を恐れている左京です。
ミニバンは関越自動車道に入り、一路G県を目指しました。まだ夜明け前です。
「時間が早いから空いていますね」
樹里が笑顔全開で言いました。インターチェンジは渋滞もなく、樹里達を乗せたミニバンはスイスイと進みました。
途中で左京を捨てていけばいいと思う地の文です。
「やめろ!」
そんな事をされたら、二度と樹里と会えなくなると思った左京が血の涙を流して地の文に切れました。
瑠里と冴里は樹里が時々ルームミラーで後方を確認するので、おとなしくシートベルトをして中部座席と後部座席に座っています。瑠里の隣にはベビーシートに寝ている萌里がいて、冴里の横にはチャイルドシートに座った乃里がいます。
川越インターチェンジを越えた辺りで、太陽が昇ってきました。
「おお!」
瑠里と冴里は朝日に感動して手を合わせました。左京は樹里が運転しているのに横で居眠りをしています。
「してねえよ!」
居眠りをする寸前だった左京が慌てて地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「ママ、おしっこしたい」
乃里が例によって言いました。
「次のサービスエリアに寄りますね」
樹里は高坂のサービスエリアにミニバンを入れました。
「すまん、樹里!」
乃里よりも先に頻尿の左京がトイレへ走りました。
「うるせえ!」
漏れそうになりながらも、地の文に切れる左京です。
「ふう……」
なんとか間に合った左京はホッとして力が抜けました。
「ああ!」
するといきなり隣の男が大声を出しました。
「え?」
左京はビクッとしてその男を見ました。でも、人の顔を忘れる名人五段の左京には心当たりがありません。
「あ、あんた、樹里さんの旦那だよね?」
隣にいたのはお笑い芸人のクロコダイル藤山でした。
「そうですが、貴方はどなたですか?」
左京は大真面目に質問しました。しかし、藤山は左京がからかっていると思い、
「知らないはずないでしょう! これでもレギュラー番組が一番多かった時で五本あった芸人のクロコダイル藤山ですよ!」
早速得意の泣き芸を披露しました。
「キレ芸だよ!」
表現を間違えた地の文に全力で突っ込む藤山です。レギュラーが五本あったのは五年前なのを知っている地の文です。今は一本もありません。
「やめろ!」
何でもバラしてしまう地の文に更に切れる藤山です。
「はっ!」
我に返ると、左京はいなくなっていました。
(あのヤロウ、バカにしやがって! どこに行くんだ?)
藤山は素早く手を洗うと、左京を探すためにトイレを出ました。
しかし、樹里達のミニバンはすでに高坂サービスエリアを出ていました。
出番終了の藤山です。
「何でだよ!」
地の文に八つ当たりする藤山です。
「そう言えば、トイレでお笑い芸人に会ったよ」
左京が樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「パパ、どうして教えてくれなかったの?」
瑠里と冴里が抗議しましたが、
「トイレで会ったんだから、教えられないだろ。すぐにいなくなったし。それにあまり有名な人じゃなかったよ」
左京は言い訳をしました。
「有名じゃないって、誰? るってぃ?」
瑠里が具体的な名前を出しました。本人が知ったら落ち込むと思う地の文です。
「違うよ。やかましい芸人だよ、確か」
うろ覚えの左京が言いました。
「やかましい? じゃあ、さいおんじでんすけ?」
冴里が言いました。
「伝助さんは有名な方ですよ。ママのお友達ですし」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
樹里の衝撃発言に顔を引きつらせて応じる左京です。
「漢字だけの名前じゃなかったな。ええと、何だっけ?」
物忘れが激しい左京はついさっきあった芸人の名前が思い出せません。
「うるせえ!」
真実を突きつけた地の文に理不尽に切れる左京です。
「じゃあ、アナコンダ卓司?」
瑠里が言いました。左京は腕組みをして、
「うーん、そんな感じだったけど、ちょっと違うような気がするなあ」
首をひねりました。
そんな事を話しているうちに、ミニバンはG県に入り、やがてI温泉の最寄りのインターチェンジに着きました。
「降りますよ」
樹里は高速を降りて、一般道に入りました。
「もうすぐですから、起きていてくださいね」
樹里がやんわりと寝ようとした左京に釘を刺しました。
「はい!」
完全に目が冴える左京です。
ミニバンは坂道を登り、温泉街に入りました。
「さあ、着きましたよ」
樹里は「御徒町旅館」の前にミニバンを停めました。左京は後ろに回ってルーサをケージから出し、旅館にある大きなケージに移しました。
瑠里は萌里を抱き、冴里は乃里をチャイルドシートから降ろしました。樹里はミニバンを駐車場へ移動しました。
「あああ!」
するとそこへまたやかましい芸人が現れました。
「何でここにいるんだよ!?」
クロコダイル藤山は左京に怒鳴りました。
「え? どちら様ですか?」
左京は大真面目に尋ねました。
「クロコダイル藤山だよ!」
激ギレする藤山です。
「あ、知らないや」
瑠里と冴里は小声で言いました。
後編に続くと思う地の文です。




