樹里ちゃん、長月葉月の出産祝いにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は娘達を姉の璃里に預けて、もう一人のメイドの目黒弥生と共に、五反田邸の住み込み医師だった長月葉月の住むタワーマンションへ行きました。
本当は不甲斐ない夫の杉下左京に頼みたかったのですが、長女の瑠里と次女の冴里が反対したので、やむなく璃里に頼む事になりました。
それについては、左京には絶対に内緒にしようと思い、口をつぐむ地の文ですが、メールは送信しました。
「送信するな!」
スマホで真実を知ってしまった左京が血の涙を流して地の文に切れました。
そんな訳で、樹里と弥生の美女と泥棒コンビはタワーマンションに着きました。
「やめて!」
過去をほじくるのが大好きな地の文に涙ぐんで切れる弥生です。
「すごいマンションですね。葉月さん、玉の輿ですよね」
弥生が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ここって、あのお笑い芸人の三千世界のリーダーが住んでるとこですよね?」
弥生が嬉しそうに樹里に尋ねました。
「そうなんですか? 西園寺伝助さんだと思いますよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「え? 伝助さん? そうでしたか」
弥生は苦笑いして出しかけた色紙をショルダーバッグにしまいました。
(西園寺伝助のサインなんか持ってても、値上がりしないよ)
計算高い弥生です。すぐに伝助に教えようと思う地の文です。
「どうぞどうぞ」
ビクともしない弥生に悔しさをにじませる地の文です。
「はっ!」
ところが、そんなバカなコントもどきを繰り広げているうちに、樹里は一人でタワーマンションに入って行ってしまいました。
「樹里さん、置いてかないでください! 私、葉月さんの部屋番号、知らないんですから!」
泣きながら樹里を追いかける弥生です。
樹里と弥生は葉月の部屋がある最上階の三十階にエレベーターで上がりました。
「樹里さん、弥生さん、お久しぶりです」
エレベーターホールで待っていたのは、葉月の夫である神戸賢太郎です。
(賢太郎さん、やっぱりイケメンだわ)
早速不倫をしようと思う弥生です。
「違います!」
顔を真っ赤にして地の文に切れる弥生です。ちょっとだけ思っていたので、怒り方が弱いです。
「ううう……」
図星を突かれ、項垂れる弥生です。
「葉月さんのお加減はいかがですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「はい、産後の肥立ちも良好で、すっかり元気ですが、大事をとって仕事は休んでいます」
賢太郎はイケメンスマイルで応じました。
「葉月さんは今は総合病院勤務ですよね? 育休は取らないんですか?」
弥生が尋ねました。賢太郎と話したいからです。
「やめてよ、お願い」
涙を流して地の文に懇願する弥生です。
「まだ一年未満の勤務なので、他の医師と同じにはならないようです。それに葉月は早く働きたいらしくて。病院には保育所があって、働きながら子育てできる環境が整っているんです」
賢太郎は更にイケメンスマイルで応じました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、弥生はメロメロ全開です。
早速、葉月に教えようと思う地の文です。
「ダメ、絶対!」
蒼ざめて地の文に抗議する弥生です。葉月の怖さは、水無月皐月の比ではないのです。
「どうぞ、お入りください」
賢太郎は玄関のドアを開いて二人を通しました。
「わあ!」
弥生は思わず叫びました。まるで高級ホテルのロイヤルスイートのようなきらびやかな部屋です。
玄関から続く廊下は全て大理石、壁も大理石です。
(これっていわゆる億ションて奴?)
ますます不倫したくなる発想が昭和の弥生です。
「そんな気はないわよ! 私は平成生まれよ!」
私だって大富豪の御曹司の妻なのよ! 弥生はドヤ顔で応じました。
(確かに祐樹は目黒グループの後継者だけど、慎ましやかだから、ここまで贅沢はしていないのよね)
どうやら弥生は今の生活に不満があるようです。早速祐樹にメールをしましょう。
「ダメよ! ダメダメ!」
血の涙を流してちょっと古いギャグで地の文に切れる弥生です。
「いらっしゃい、樹里さん、弥生」
一番奥の部屋の白い革張りのソファに赤ちゃんを抱いて座っている葉月が言いました。
無事に高齢出産を終えたのです。
「うるさいわね!」
癇に障る事ばかり言う地の文に素早く切れる葉月です。
「男の子ですか?」
樹里が尋ねました。葉月は微笑んで、
「はい。樹里さんが初めてですよ。みんな、女の子だと思うんです」
「お名前は?」
弥生がすかさず訊きました。葉月は弥生を見て、
「賢太郎の賢と葉月の葉を採って、賢葉よ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、
(あんまりいい名前じゃないな)
弥生は鼻で笑いました。ひどい女だと思う地の文です。
「笑ってないわよ!」
葉月が怖いので、顔を引きつらせて地の文に抗議する弥生です。
「本当は、同じ字で『まさは』って読ませるつもりでした。一人目は女の子が欲しかったので」
葉月は賢葉をあやしながら言いました。
(それもいい名前じゃないな。センス悪)
弥生は思いました。
「思ってないわよ!」
しつこくボケる地の文に切れる弥生です。
「でも、産科の医師にもうこれ以上は出産は厳しいと言われたので、念入りに育てたいと思っています」
葉月が涙ぐんだので、弥生はもらい泣きしました。多分嘘泣きです。
「本当に泣いてるのよ!」
根も葉もない事をあっさりと言う地の文に切れる弥生です。
「貴女が泣く事ないでしょ、弥生」
葉月はそれを見て涙をこぼしました。これは本当です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「葉月」
賢太郎は葉月の隣に座って彼女を抱きしめました。
(ええ夫婦や)
更に涙を流す弥生です。
めでたし、めでたし。




