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樹里ちゃん、餞別を贈る

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


「ええ? 蘭が異動?」


 樹里の不甲斐ない夫であった杉下左京が探偵事務所で言いました。


「夫であったじゃねえよ! 今でも夫だよ!」


 細かい事が気になる地の文に切れる左京です。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず笑顔全開です。


「そうなのよ。いよいよ左遷らしいわ」


 それを嬉しそうにソファに座りながら伝える元カノの加藤ありさです。


「元カノじゃねえし!」


 さりげなく別のお話の宣伝をした地の文に切れる左京です。


「で、どこに異動だ? 奥多摩の駐在か?」


 左京がニヤリとして尋ねました。それはある俳優さんに失礼だと思う地の文です。


「違うわよ。警察庁」


 ありさは肩をすくめました。


「おい、それのどこが左遷なんだよ! 大栄転じゃねえかよ」


 ありさに食ってかかる左京です。ありさは後退りして、


「蘭にとっては、現場を離れるのは左遷と同じなんだって。かたくなに渋っているみたいよ」


 左京はありさから離れて、


「そもそもどうして地方公務員の蘭が国家公務員職の警察庁に異動になるんだよ?」


「そこがそれ、旦那様のご威光って奴?」


 ありさはニヤリとしました。


「ああ、そうか。平井警部補は元々警察庁のエリートだもんな」


 左京は合点がいきました。所詮、公務員はコネがものをいうのだと再認識する地の文です。


「警察庁の上層部が平井警部補を呼び戻したいので、蘭共々異動させるらしいのよ」


 ありさは声をひそめて言いました。


「そうなんですか」


 樹里はありさの耳元で言いました。


「ああん」


 目黒弥生と同じく耳が弱いありさがいけない声を出しました。ギョッとする左京です。


「ドロント特捜班は開店休業状態だからな。亀島も塀の中にいるしさ。あいつら暇なんだろ?」


 左京が鼻で笑うと、


「あんたと同じくらい暇よね」


 ありさが皮肉を言いました。


「うるせえよ!」


 左京はムッとしてありさを睨みつけました。


「本当にそんな栄転があるのか、お義姉さんに訊いてみるか?」


 左京が樹里に言いました。


「左京さんは璃里お姉さんとお話ししたいのですか?」


 樹里が笑顔全開で悪気なく言いました。


「ち、ち、違うよ!」


 これ以上はないという程あからさまに動揺して否定する左京です。


「お話ししたくないのですか? お姉さんが悲しみます」


 樹里は涙ぐみました。


(えええ!? どういう事?)


 樹里の感情が理解できない左京です。


(さすが樹里ちゃん、予想の斜め上を遥かに超えるボケを放り込んでくるわね)


 ありさは苦笑いしてしまいました。


 結局、樹里に涙ぐまれた左京は、璃里に連絡を取りました。


「恐らくだけど、蘭さんは出向という形で警視庁から警察庁に移るんだと思います」


 璃里はわざわざ事務所まで来て説明してくれました。


 余程母親の由里と一緒にいたくないようです。


「違います!」


 核心に迫ろうとした地の文に切れる璃里です。


「なるほど」


 左京は頷きました。


「マスミンも栄転しないかなあ」


 ありさが呟きました。改めて説明しますが、マスミンとはありさの夫である加藤真澄警部の事です。


「無理だよ。あの顔じゃあ、現場しかいるところがねえだろ」


 左京は笑いながら言いました。


「うるさいわね! マスミンは優秀なのよ、あんたと違って」


 ありさは鼻で笑いました。


「ああ、そうかい」


 それで笑っている左京です。


「左京さんて酷い人なんですね。ありささんのご主人をそんな風に笑うなんて」


 璃里が真顔で左京を非難しました。


「え……」


 左京は心臓が止まりそうなくらいショックを受けました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


「あ、マスミンからメールだ。蘭の異動が決まったみたい。とうとう観念したのね」


 ありさはスマホを覗きながら言いました。


「では、餞別を贈らないといけないですね、左京さん」


 璃里が強めに言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開ですが、左京は引きつり全開です。


(いくらだろう?)


 血の気が引いてしまう左京です。


「十万円くらいですか?」


 樹里が璃里に尋ねました。璃里は苦笑いして、


「そんな高額でなくても大丈夫よ」


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。左京も嬉しそうに応じました。


「では、五万円でいいですね」


 樹里が笑顔全開で左京に同意を求めました。


「そうなんですか」


 左京は更に顔を引きつらせました。


「それでも多過ぎよ。一般的には、同僚への餞別は一万円くらい。蘭さんは元同僚なんだから、何か品物を贈るのでもいいと思う」


 璃里は若干呆れ気味に樹里に言いました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開で応じました。


「蘭は書類を書くのに万年筆を使っているから、万年筆を贈ろうか」


 安くすませたい左京が言いました。


「やめろ!」


 真実を述べた地の文に血の涙を流して切れる左京です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じて、万年筆を贈る事にしました。


「私は今回はパスします」


 ありさは逃げるように帰って行きました。


「あいつらしいな」


 左京は呆れながら見送りました。


「万年筆は五反田グループの事務用品の会社に頼みますね」


 樹里が言いました。


「そうか。頼むよ、樹里」


 左京はあまり深く考えずに言いました。


 璃里は左京が選ぶと安っぽいのを選びそうなので、ホッとしました。


「そんな事思ってないわよ!」


 図星を突いた地の文に抗議する璃里です。


 


 そして、数日後です。


「ありがとう、左京。すごくいい万年筆を贈ってくれて。大切に使うわ」


 蘭からお礼の電話がありました。


「そうか。わざわざありがとうな。職場が変わっても頑張れよ」


「ええ。左京もね」


 左京は通話を終えて、ドアフォンが鳴ったので、受話器を取りました。


「はい」


 すると、


「お届け物の配達完了の封書をお持ちしました」


 宅配業者が言いました。


「わかりました」


 左京はドアを開けて封書を受け取り、ハンコを押しました。


「ありがとうございました」


 宅配業者は去って行きました。左京はドアを閉めながら、封書を開きました。


「えええ!?」


 中から出てきたのは、五万円の万年筆の宅配完了通知と請求書が入っていました。


(樹里……)


 大きく項垂れてしまう左京です。


 


 めでたし、めでたし。

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