樹里ちゃん、お墓参りにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日、樹里達は一家揃って不甲斐ない夫であった杉下左京のお墓参りに行くところです。
「俺のじゃねえよ! 俺の実家の墓参りだよ!」
地の文のモーニングジョークに剥きになって切れる左京です。おとなげないです。
「そうなんですか」
樹里と長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で応じました。
「そーなんですか」
三女の乃里も笑顔全開で応じました。
四女の萌里はベビーカーで笑顔全開です。
例年通り、左京のボロ車では家族が乗り切れないので、樹里のミニバンで出かけます。
「ううう……」
減価償却も終了した愛車を買い換えられず、項垂れるしかない左京です。
瑠里と冴里は、乃里と萌里のためにチャイルドシートを取り付けました。
左京はリアドアを開いて、花やペットボトルに入れた水、ほうき、ちりとりと細々としたものを詰めたトートバッグを積み込みました。
「お供えは途中で買いましょう」
運転席に座った樹里が言いました。
「そうなんですか」
助手席に座った左京は樹里の口癖で応じました。
(また俺は運転させてもらえないのか)
心の中で嘆く左京ですが、ボロ車ならともかく、まだ新車同然のミニバンをぶつけられたら困ると思う地の文です。
「俺は運転得意なんだよ!」
地の文に切れる左京ですが、そういう考えの人間が一番事故を起こすと思う地の文です。
「かはあ……」
ぐうの音も出ないので、血反吐を吐く左京です。
「では、出発しますよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
「はーい!」
瑠里達は元気よく応じましたが、
「はい」
左京は項垂れたまま応じました。帰りにどこかに捨ててきた方がいいと思う地の文です。
「やめろ!」
一瞬、そんな事をされる可能性が大きいと思った左京が、涙ぐんで地の文に切れました。
樹里は抜け道を使いこなして、たちまち関越道に乗りました。
「わーい!」
瑠里達は高速道路に大はしゃぎです。
「静かにしてくださいね」
樹里が真顔で告げたので、
「はい」
一斉に大人しくなる瑠里と冴里と乃里です。萌里はすでに夢の中です。
左京は樹里の真顔をしばらくぶりに至近距離で見てしまい、息が上がっていました。
(樹里の真顔、心臓に悪い……)
胸を押さえる左京です。
やがて高速道路は渋滞が始まりました。
「この先ずっと渋滞のようなので、降りましょう」
樹里はいつもより手前のインターチェンジで一般道に降りました。
「ママ、おしっこ」
乃里が言いました。
(よかった……)
いつ言おうかと思っていた頻尿の左京はホッとしました。
「うるせえ!」
頻尿をバラした地の文に切れる左京です。
「瑠里も冴里も一緒にすませておきなさい」
樹里は言い、高速を降りてすぐにあったコンビニに車を停めました。
「すまん、樹里、漏れそうなんだ」
左京は逸早くミニバンを降りて駆け出しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ああ……」
しかし、二つしかないトイレは、男性用が使用中でした。
(このタイミングでの使用中はきつい……)
左京は漏れそうになりながらも、必死に堪えました。
「パパ、お先」
瑠里と冴里と乃里が言いました。
「乃里、先にいいよ」
お姉ちゃんの余裕を見せる瑠里と冴里です。
「ありがと!」
乃里は急いで入りました。
瑠里達が三人ともすませたのに、左京はまだ入れません。
「くうう……」
左京は脂汗を垂らしながら堪えました。
「早くしてね、パパ」
瑠里達は笑いながら出て行きました。
「左京さん、大丈夫ですか?」
買い物をすませた樹里が来ました。
「大丈夫じゃない……」
左京は決壊寸前です。樹里は男性用のトイレのドアを見て、
「おかしいですね」
開きました。
「あ、樹里、ダメだ……」
左京が焦って言いましたが、中には誰もいませんでした。
「え?」
呆然とする左京ですが、
「前に入った人がドアを閉めた時、ロックが降りてしまったのですね。入れますよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
気絶寸前の左京が引きつり全開で応じて、無事用を足しました。
「樹里はいいのか?」
左京がデリカシーのない質問をしました。
「大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。
美人はトイレに行かないという都市伝説は本当だったと思う地の文です。
(そう言えば、樹里がトイレに行っているのを見た事がない)
交際から数えて十年以上一緒にいるのに今更な事を考えている左京です。
それからしばらく一般道を走り、目的地に着きました。
「枯葉がすごいな」
左京は暮石の周りの枯葉や枯れ草をほうきで掃きました。
瑠里と冴里は雑巾で暮石を拭きました。
樹里は枯れた花をゴミ袋に入れ、水も交換して持ってきた花を挿しました。
「はい」
左京は線香に火を点けて、瑠里と冴里と乃里に渡しました。
「ここに置くんだよ」
左京がやってみせました。瑠里達はそれにならって線香を置きました。
「じゃあ、ばあちゃん達に手を合わせて」
左京が言いました。
「え? おばあちゃんはしんじゅくにいるでしょ?」
乃里が非常にセンシティブな事を言いました。
「そのおばあちゃんじゃなくて、パパのママの事だよ」
左京は苦笑いをしました。
「そうなんですか」
乃里は笑顔全開で応じました。
そして、揃って手を合わせました。
「お供えしたお団子を食べましょう」
樹里が瑠里達に除菌シートを渡して手を拭かせました。
左京達はコンビニで買ったみたらし団子を一個ずつ食べました。
「おいしい! もっと食べたい!」
乃里が言いました。
「帰りにお昼ご飯を食べますから、それまで我慢してください」
樹里がまた真顔で言ったので、
「そうなんですか」
瑠里達は顔を引きつらせて応じました。
「くうう……」
左京は二撃目の樹里の真顔をまた至近距離で見てしまい、心臓が止まりそうです。
(きつい。きつ過ぎる)
そのまま停止してしまえばいいのにと思う地の文です。
「やめろ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。
「次はお盆ですね」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
引きつり全開で応じる左京です。
めでたし、めでたし。




