樹里ちゃん、確定申告をする(左京編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は樹里は仕事を休み、探偵事務所で不甲斐ない夫の杉下左京の確定申告書作成を手伝っています。
というか、樹里が作成をしており、左京は何もしていません。
「誰が○ン○ウィッ○マン○達だ!」
左京がとある人を誹謗する事を叫びました。早速本人に伝えようと思う地の文です。
「やめろ!」
自分の暴言は構わないのに他人の暴言は許さない地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず樹里は笑顔全開です。
「確定申告は沖田先生に頼んだはずなんだけど……」
左京は疑問に思って沖田総子税理士との顧問契約書を見直しました。
「あ」
その契約書には「帳簿の作成、試算表の作成、決算書の作成」までしか書かれておらず、申告書の作成はありませんでした。
(よく思い出せないが、申告書は自分でできると思って、断わったような気がする……)
嫌な汗が全身から出てくる左京です。
一回も自分で申告書を作った事がないのに、謎の自信があるというバカ丸出しです。
「かはあ……」
一から十までその通りなので、地の文に何も言い返せずに悶絶する左京です。
「今年は決算書まで沖田先生が作成してくださったので、すぐに終わりますよ」
それでも樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
来年は全部総子に頼もうと思う不倫男です。
「やめろ! 不倫なんかしてない!」
捏造がルーティーンの地の文に切れる左京です。
「左京さん、生命保険と地震保険の控除証明書はありますか?」
樹里が尋ねました。
「控除証明は電子申告をする場合は要らないって訊いたから、ないよ」
またバカ丸出しの事を言う左京です。
「要らないのではなく、提出するのを省略できるのですよ。捨ててしまったのですか?」
樹里が真顔全開で訊いたので、
「捨ててはいません。机の引き出しにあると思います」
引きつり全開で応じる左京です。
「そうなんですか。すぐに探してください」
樹里は更に真顔全開で言いました。
「はい!」
左京はすぐに机の引き出しを探しました。樹里は左京が探している間、ベビーベッドで眠っている四女の萌里の様子を見ました。
(ない! 見つからない!)
左京は焦りました。もし捨ててしまっていたら、樹里に詰め寄られると思い、大量の汗を流しました。
「見つかりましたか?」
樹里が左京を見ました。
「いえ、まだ見つかりません」
左京は引きつり笑いをして応じました。
「机の引き出しにしまったのは間違いないのですか?」
樹里が左京に歩み寄りました。
「ええと……」
思わず後退りしてしまう左京です。
「ここではないですか?」
樹里は机の上にあるレターケースを見ました。すると呆気なく控除証明が印刷された葉書が見つかりました。
「ああ、すみません」
左京は身体が枯れてしまいそうなくらい汗を垂らしました。
「よかったですね、見つかって」
樹里が笑顔全開で告げたので、左京はホッとしました。
「入力が完了しました。この控除証明は今後五年間の保管義務がありますので、失くさないようにしてください」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
申告書を印刷して、控除証明を貼って出してしまった方が楽だと思う左京です。
「来年からは、沖田先生に全部お願いした方がいいですよ。私がずっと手伝える訳ではないですから」
樹里の意味深長な言い回しに、
「そうなんですか」
樹里の口癖を涙ぐみながら言う事しかできない左京です。
(深い意味はないと信じたい)
希望的観測をしたい左京です。きっと樹里は本当に好きな人と再婚するつもりなのだと推測する地の文です。
「勘弁してください」
恐ろし過ぎて考えたくない左京は、血の涙を流して地の文に懇願しました。
「控えを二部印刷しました」
樹里はプリンターを起動させて、印刷を済ませていました。
「二部?」
ポカンとする左京です。
「左京さんの控えと、沖田先生にお渡しする分ですよ」
樹里は笑顔全開で告げました。
「ああ、そうですね」
左京はそれを受け取りました。その時、ドアフォンが鳴りました。
「はい」
樹里が素早く受話器を取りました。モニターに映ったのは総子でした。
「今日は、沖田です」
総子が言いました。
「どうぞ、お入りください」
樹里は玄関のドアを開けて言いました。
「いらっしゃい、沖田先生」
つい嬉しくて声が弾む左京です。
「違う……」
少しだけ当たっていたので、声が小さい左京です。
(真顔になる樹里と二人きりはきついんだよな)
そういう意味で総子の訪問を歓迎した左京です。樹里に教えましょう。
「それはダメ!」
涙ぐんで地の文に抗議する左京です。
「たった今、申告書を作成して送信したところです」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そうでしたか。ちょうどよかったです。一部控えをいただけますか?」
総子が言いました。
「どうぞ」
左京は申告書の控えを総子に渡しました。
「それから、今年から申告書の作成もお願いします、先生」
「わかりました。契約書を作り直してお持ちします」
何故か顔を赤らめて応じる総子です。
(何だ?)
それに気づいた左京は首を傾げました。
(あ、そうか。バレンタインデー以来、沖田先生には会っていなかったんだっけ。決算書は郵送されてきたんだった)
他の不倫相手と違い、総子は控えめなので、キュンとしてしまった左京です。
「誰も不倫相手じゃねえよ!」
地の文に切れる左京です。キュンとしたのは認めるようです。
「沖田先生、先日は夫にチョコレートをありがとうございました」
樹里が笑顔全開で言ったので、左京は魂が口から出てしまうくらい驚きました。
(どうして知っているんだ!?)
また嫌な汗を大量に掻く左京です。
「あ、その、出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」
総子は頭を下げました。
「お気になさらず。夫は甘いものが大好きですから、喜んで食べたようですよ」
樹里が笑顔全開で告げたので、却って怖くなる左京です。
そして、総子は帰りました。
「樹里、知っていたのか?」
左京は総子を送り出すと、尋ねました。
「机の引き出しにあった空き箱を瑠里が見せてくれたのですよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「でも、どうして沖田先生だとわかったんだ?」
左京は訊きました。
「坂本先生からグループラインで知らされたのですよ」
「えええ!?」
坂本龍子弁護士、斎藤真琴、勝美加弁護士、隅田川美波探偵、沖田総子税理士の五人とグループラインをしている樹里です。
「すまん。正直に言えばよかった」
左京は頭を下げました。
「これからはそうしてくださいね」
樹里は笑顔全開で言いました。
もう隠し事はできない事を思い知った左京です。
めでたし、めでたし。




