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樹里ちゃん、左京の誕生日をお祝いする

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は二月十四日。バレンタインデーです。そして、おぞましい事に、あの不甲斐ない夫として名を馳せている杉下左京の命日でもあります。


「悍ましいって何だ! 命日じゃなくて、誕生日だよ!」


 ちょっとした地の文の言葉遊びに激ギレする左京です。


(今年は平日だから、誰も祝ってくれないかな?)


 突然悲しみがこみ上げてくる左京ですが、無職のくせに付け上がっていると思う地の文です。


「無職じゃねえし、付け上がってなんかいねえよ!」


 あまりにも核心をついて来た地の文に涙ぐんで切れる左京です。


 樹里も、長女の瑠里も次女の冴里も、そして三女の乃里も、左京の誕生日の事には触れずに出かけました。


「ワンワン!」


 俺は覚えているけど、何もしてやれないぞ。そう言っているかのように吠えるゴールデンレトリバーのルーサです。


「ううう……」


 更に悲しみがこみ上げて来て、項垂れて家に入る左京です。


「あ!」


 その時、スマホが鳴りました。


「龍子さん?」


 そうです。最後の望みである、不倫相手の坂本龍子弁護士からの着信でした。


「不倫相手じゃねえよ!」


 地の文に切れながらも、わずかな望みを懸けて通話を開始する左京です。


「はい」


 すると龍子の声が、


「左京さん、今日はお手隙ですか?」


 ますます期待してしまう左京です。


「はい、ガラガラです」


 声を弾ませて応じる左京です。


「でしたら、調査を依頼したいので、事務所までいらしていただけますか?」


 龍子は仕事を頼んできただけでした。


「そうなんですか」


 また項垂れて応じる左京です。しかし、背に腹はかえられないので、項垂れながらも龍子の事務所へ向かいました。


 


「お誕生日、おめでとうございます!」


 事務所の中に入ると、いきなりクラッカーを鳴らされ、左京は仰天しました。


 しかもそこには、龍子だけではなく、斎藤真琴、勝美加弁護士、隅田川美波探偵もいました。


「左京さんが寂しがっていると思って、集まったんです」


 真琴が言いました。


(沖田先生はいないのか)


 左京は思いました。


「思ってねえよ!」


 実は少しだけ残念なのは誰にも知られたくない左京です。


「やめろ!」


 命に関わる事なので、血の涙を流して地の文に切れる左京です。


「さあさあ、座ってください、左京さん」


 美波と美加に両手を引かれて、左京はソファ座りました。


「ジャーン!」


 真琴と龍子が運んできたのは、デコレーションケーキです。しかも、二個です。


 一つは白い生クリームのケーキで、もう一つはチョコレートケーキです。


「お誕生日とバレンタインデーを一緒にさせていただきました。私達が心を込めて作ったんですよ」


 龍子が身を乗り出して言うと、


「あんたは何もしてないでしょ」


 すかさず真琴が真相を語りました。


「ちょっと!」


 龍子がムッとして真琴を睨みますが、真琴はすました顔です。


「さ、食べてください」


 美波が白いケーキを切り分け、美加がチョコレートケーキを切り分けました。


「いや、そんなには……」


 左京は断ろうとしましたが、美波と美加が涙ぐんでいるので、


「謹んでいただきます」


 苦笑いをして食べました。残りは持って帰ろうと思いましたが、瑠里達に見つかるとまずいので、必死の思いで全部食べました。


「さ、どうぞ」


 真琴がシャンパンを注いで渡しました。


「この時間からアルコールは……」


 左京は流石にまずいと思い、断りました。


「そうですね。夜は樹里さん達がケーキを用意しているんですよね。無理を言って食べてもらって、申し訳ありませんでした」


 龍子が詫びました。


「ええ、まあ……」


 左京はまた悲しみがこみ上げて来ましたが、龍子達に知られたくないので、グッとこらました。


「とても美味しかったです」


 左京は何度もお礼を言って、龍子の事務所を出ました。


(みんないい子だなあ)


 誰と不倫しようか迷う左京です。


「やめろ! 俺をあいつと一緒にするな!」


 左京は某芸人をディスりました。


「流石に食い過ぎたな」


 左京は胸焼けを感じたので、ドラッグストアで胃薬を買いました。


(朝の様子では、誰もケーキは作ってないし、買って来ないだろう)


 左京は腹ごなしに走ろうかと思いましたが、考え直して家に戻りました。


 


 午後になると猫探しの依頼が入り、小一時間探して見つけ、犬の散歩の代行の依頼も入り、二時間程散歩をしました。


(いい腹ごなしになったな)


 左京は妙に嬉しくなって家路を急ぎました。


「あれ?」


 家の近くまで来た時、門扉の前に沖田総子が立っているのに気づきました。


(おかしいな? 今月は、もう来てもらったはずなのに)


 不倫希望かなと考えました。


「考えてねえよ!」


 捏造を繰り返す地の文に切れる左京です。


「こんにちは。何かご用ですか?」


 左京が声をかけると、


「あ、その、えーと……」


 急にアタフタし始める房子です。


「こ、これを!」


 総子はド派手な包装がされた細長い箱を手渡されました。リボンには、


「Happy Valentine!」


と書かれています。


「あ!」


 左京が何か言う間もなく、総子は猛烈な勢いで駆け去りました。


「まずいな。瑠里達が帰って来る前に処分しないと」


 左京は急いで事務所へと走ると、机の引き出しに箱を隠しました。


(後で見つかるのはもっとまずいか)


 そう思い直して中身を取り出し、一気に食べました。


「ゲフ……」


 また胸焼けがする左京です。


「包装紙は細かく裁断だ」


 個人情報の流出防止のために思い切って買ったシュレッダーで証拠隠滅しました。


他人ひと聞きの悪い事を言うな!」


 実際はそうなので、左京は震える声で地の文に切れました。


(箱だけなら、大丈夫だろう)


 左京は箱を引き出しに隠しました。




 そして、その夜の事です。


「パパ、お誕生日おめでとう!」


 瑠里達三人が左京に内緒でケーキを作ってくれていました。


 そして樹里も、五反田邸のキッチンを借りてチョコレートを作っていました。


「左京さん、黙っていてすみません。心を込めて作りました。どうぞ召し上がれ」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 デコレーションケーキとハート型の大きなチョコレートを前にして、吐き気がしてしまう左京ですが、必死に我慢しました。


 


 めでたし、めでたし。

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