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樹里ちゃん、両親の仲裁をする

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 樹里の実の父親である赤川康夫がアメリカから帰国し、元の妻である由里には内緒で樹里の家に住む事になりました。


 しかし、律儀な樹里はそれを許さず、由里にきちんと話をするように康夫に告げました。


「そうなのかね」


 あまり深刻に受け止めていない康夫の反応を見て、不甲斐ない夫の杉下左京は由里の逆襲を恐れました。


 樹里の強い説得により、康夫は翌日由里のところへ出向きました。




「別にいいよ。ウチも大人数だから、樹里のところの方がいいでしょ?」


 由里は顔で笑っていましたが、目の奥が全く笑っていないのをさすがに鈍感な康夫でも気づきました。


「申し訳ない、由里さん。不義理だったのは謝ります」


 康夫は深々と頭を下げました。


「ホントに気にしないで。私は怒っていないから」


 そう言いながらも、由里は持っていたタオルをギュウッと握りしめました。


「本当に申し訳ないと思っているんだよ、由里さん」


 康夫は追い立てられるように由里に玄関から出されました。


「さようなら、康夫さん」


 由里は真顔で言うと、ピシャッと玄関のドアを閉めました。


「由里さん……」


 康夫は無情に響くドアのロックの音を聞くと、肩を落としてその場を去りました。




 そして数日後、康夫から話を聞いた樹里は、左京と康夫を連れて、由里のいる西村夏彦の家を訪れました。


「由里さんはちょっと出かけているから、上がって待っていて」


 出迎えたのは、夏彦でした。


「すみません」


 すっかり恐縮している康夫は夏彦に頭を下げました。


(できれば来たくなかった)


 卑怯者は思いました。


「やめろ!」


 正直に事実を語った地の文に切れる左京です。


 三人は茶の間の長テーブルに並んで座りました。樹里と康夫が正座をしているのに、左京は平気で胡座あぐらを掻きました。


「違う!」


 うっかり、いつもの調子でくつろいでしまった左京が焦りながら地の文に切れました。そして、すぐに正座をしました。


「どうぞ、楽になさってください」


 夏彦がお茶を出しながら言いました。


「はい」


 康夫と左京は胡座を掻きましたが、樹里は正座したままです。


「ありがとうございます」


 樹里は笑顔全開でお茶にお礼を言いました。


「ありがとうございます」


 康夫と左京は慌てて言いました。


「只今ァ」


 その時、玄関で由里の声が聞こえました。左京と康夫はピクンとしました。


「お帰り、由里ちゃん」


 夏彦が出迎えました。


「あら、お客様?」


 由里が言いながら茶の間に来ました。


「あら、康夫さん。先日、お別れしたはずなのに、今日は何のご用ですか?」


 由里が目が笑っていない笑顔で尋ねました。左京はちびりそうです。


「由里ちゃん、それは酷いよ。仮にも夫だった人だよ」


 夏彦が言うと、


「夏君は関係ないから口を出さないで」


 由里はピシャリと言ってから康夫を見て、


「お答えください、康夫さん」


 詰め寄りました。


「ヒイイ!」


 詰め寄られていない左京が悲鳴をあげてしまいました。


「由里さんに連絡もなく、樹里のところに厄介になろうとしたのは申し訳なかった。どうしても許してもらえないのかな?」


 康夫は由里を見上げました。


「ええ、許せないわ、一生ね」


 由里はついと顔を背けました。


「お母さん、あまりにも大人げないですよ。お父さんは謝罪しているではないですか? それを理不尽に拒否するのは、大人のする事ではないと思います」


 樹里が真顔で言いました。それを見て左京は顔を引きつらせました。


 さすがの由里も、樹里の真顔にはビクッとしましたが、


「大人げなくて結構。どうせ私は子供ですよ」


 由里はまたついと顔を背けました。


「由里さん、この通りだ。許してください」


 康夫は由里の前に回り込むと、土下座をしました。これには左京と夏彦は目を見開きました。


「それくらいで許すと思ったら大間違いよ。私は本当に怒っているんだからね!」


 由里はそれでも頑として譲りません。


「由里さん」


 康夫は立ち上がると、由里の両手を自分の両手で包み込むように握りました。


「あ!」


 思わず夏彦が叫びました。


「あ」


 由里は顔を赤らめて康夫を見上げました。


「お母さん、引っ込みがつかなくなったのはわかりますが、そろそろ折れてはどうですか?」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「仕方ないなあ。今回だけは許してあげる」


 由里は赤くなった顔を更に赤くして、康夫を見ました。


「ありがとう、由里さん」


 康夫は由里を抱きしめました。


「ああ、赤川さん、由里ちゃんは今は私の妻です! 過剰な接触はお控えください!」

 

 たまりかねた夏彦が割って入りました。


「ああ、申し訳ありません、西村さん」


 康夫も顔を赤らめて詫びました。


「何、夏君、ジェラシー?」


 由里がニヤニヤして言いました。


「そ、そうだよ。由里さん、嬉しそうにしているからさ……」


 夏彦は口を尖らせました。由里は苦笑いをして、


「困るわあ、私ったら、モテ過ぎ!」


 康夫と夏彦と腕を組みました。


「一件落着ですね」


 左京が言いました。


「よし! そしたら、祝杯をあげよう! 夏君、お店からビール持って来て!」


 由里が言いました。


「はいよ!」


 夏彦が嬉しそうに玄関を出て行きました。


「康夫さん、ここに来なさいよ。夏君、男一人だから、寂しいのよ」


 由里が康夫に告げました。


「え?」


 左京が思わず康夫を見ました。康夫がいると、長女の瑠里と次女の冴里がいい子でいてくれるので、いなくなってもらっては困るのです。


「そうですね。お義父さんはお父さんと暮らしたいみたいですよ」


 樹里が笑顔全開で言ったので、


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で応じました。


「そうなのかね」


 康夫は笑顔全開で応じました。


「ごめんね、左京ちゃん」


 全てを察している由里が左京に小声で言いました。


「はあ……」


 左京は苦笑いをして応じました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 めでたし、めでたし。

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