樹里ちゃん、初市にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は一月九日です。
樹里は不甲斐ない夫の杉下左京と二人で、樹里の母親の由里の実家があるG県に来ています。
長女の瑠里と次女の冴里、三女の乃里と四女の萌里は由里と姉の璃里が預かっています。
G県の県庁所在地のM市は今日が初市で、国道を車両通行止めにして数多くの露店が軒を並べます。
中でも、G県が日本一の生産量を誇る達磨の店がたくさん出ています。
(ああ、樹里と二人きりで遠出なんて、久しぶりだなあ)
エロ左京は邪な事を考えていました。
「やめろ!」
真実を言い当てた地の文に血の涙を流して切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
今日はいつも邪魔をする変態集団もついて来ていないので、左京はホッとしています。
「我らは変態集団ではありません!」
どこかで悔し涙を流しながら地の文に切れる昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
「それにしてもすごい達磨の数だな。大きさもいろいろあって、目がチカチカするよ」
左京は居並ぶ達磨を眺めながら言いました。
目がチカチカするのは、左京には買えない金額の達磨がたくさんあるからです。
「かはあ……」
図星を射抜かれて、血反吐を吐く左京です。
「左京さん、この小さい達磨を娘達に買っていってあげましょう」
樹里が笑顔全開で言いました。
「そ、そうだな」
その大きさなら何とか買えると思った左京は苦笑いして応じました。
「旦那様に頼まれているのは、特注の達磨です」
樹里は人混みを掻い潜りながら進みました。
「樹里、待ってくれよ」
左京は瑠里達に買った小さい達磨を持って来たエコバッグに押し込みながら樹里を追いかけました。
「ありました」
樹里は探していた店にたどり着いたようです。
「特注達磨を頼んだ五反田の代理です」
樹里は店の人に声をかけました。見た目は怖いですが、堅気の人です。
「毎度ありがとうございます。こちらになります」
その人が示したのは、人間の背丈程もある巨大な達磨でした。
「うへ!」
それを見て腰を抜かしそうになる貧乏人です。
「うるせえ!」
直球の悪口を言い放った地の文に切れる左京です。
「百万円になります」
その金額を聞き、更に仰天する左京です。
「では、G Oペイで」
樹里はスマホを出して言いました。
「G Oペイ?」
左京は聞き覚えのないキャッシュレス決済に首を傾げました。
「G Oは五反田のG Oです」
樹里が笑顔全開で言いました。
「ええ? 五反田グループ独自のキャッシュレス決済があるのか?」
左京はもうついていけなくなりそうです。ついて来なくていいと思う地の文です。
「やめろ!」
降板させようと企む地の文に切れる左京です。
「ありがとうございます。G Oカードもお持ちですよね?」
店の人がバーコードリーダーをかざして言いました。
「はい」
樹里はスマホを操作してポイント画面を出しました。
(ポイントカードもあるのか。恐るべし五反田グループ……)
左京は口を開けて樹里がスマホを操作するのを見ていました。
(知らないうちに樹里がスマホを使いこなしている)
それにも驚く左京ですが、
「げっ!」
画面を見て思わず叫びました。
(ポイントが10万超えてる……。一体何を買うとそんなポイントが付くんだ?)
左京は震えてしまいました。
「その達磨は宅配便で送ってください。着払いで結構です」
樹里はレシートを受け取りながら言いました。
「畏まりました。いつものように東京都世田谷区成城の五反田様宅でよろしいですね?」
店の人が言いました。
「はい、それで大丈夫です。よろしくお願いします」
「ありがとうございました!」
他のお客の相手をしていた従業員も樹里を見て大きな声で言いました。
左京は思わずビクッとしてしまいましたが、
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「では、行きましょうか」
樹里は笑顔全開で左京を促して、店の人達に会釈をすると初市の通りを離れました。
「路線バスで新M駅まで行くんだろ?」
左京はエコバッグを肩に掛け直して言いました。
「今日はG大橋の近くにあるRホテルに泊まりますよ」
樹里は笑顔全開で告げました。
「え? 泊まるの? で、俺は帰るの?」
左京は顔を引きつらせて尋ねました。
「何を言っているんですか。二人で泊まるのですよ、左京さん」
樹里は笑顔全開で左京と腕を組みました。
「ロイヤルスウィートですよ」
樹里は左京に囁きました。
「そうなんですか」
もう少しで鼻血を噴きそうになる左京です。
「宿泊費、高いよな?」
左京はいらぬ心配をしました。出すつもりもないのに。
「うるせえよ!」
すっかり見抜いている地の文に涙目で切れる左京です。
「大丈夫ですよ。宿泊費は旦那様が出してくださいました」
樹里が更に囁きました。○場○兆の女将みたいだと思う地の文です。
「そうなんですか」
また樹里の口癖で応じる左京です。樹里が出したのではないので、少しホッとしています。
「言うな!」
ズバズバ言い当てる地の文に目を赤くして切れる左京です。今日は他に切れる人がいないので、疲れています。
「それにしても、さっきのスマホ、すごいポイントが溜まっていたな」
左京が言うと、
「このスマホはグループのものです。今日だけお預かりしました」
樹里が笑顔全開で意外な事実を言いました。
「そうなんですか」
本日三回目の樹里の口癖で応じる左京です。
(そうか。だから、瑠里達へのお土産は違う店で買ったのか)
今頃気づいた阿呆です。おや? 疲れているので、切れない左京です。
何となく悔しくて物足りない地の文です。
「ちょっと遠いけど、ホテルまで歩こうか」
左京は樹里に腕を組まれて頬を紅潮させました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。




