樹里ちゃん、日本お笑い選手権の特別審査員として打ち合わせに参加する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は樹里は仕事を休んで、特別審査員としてブジテレビ系列で放送される日本お笑い選手権という番組の打ち合わせのため、ブジテレビ本社ビルに来ています。
「お待ちしておりました」
玄関のロビーで、番組プロデューサーが不用意な発言をしました。
「お待たせして申し訳ありません」
樹里は深々と頭を下げて謝罪しました。
某噛んじゃった市長に見習って欲しいくらい素晴らしい角度と長さだったと思う地の文です。
「ああいや、そういうつもりで言ったのではないので……」
樹里のあまりのお辞儀の深さに戸惑うプロデューサーです。
「取り敢えず、会議室の方へご案内致します」
見かねたアナウンサーの崎山陽子が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
そして、崎山アナとディレクターと共に樹里は会議室へ向かいました。
「げっ!」
廊下で、お笑い芸人の西園寺伝助に遭遇しました。
(樹里さん、今度は何をしに来たんだ?)
樹里に対して、畏敬の念を持っている伝助は嫌な汗を大量に掻いています。
「西園寺さん、おはようございます」
樹里は伝助に気づき、笑顔全開であいさつしました。
「お、おはよいうござまいす」
噛み噛みで挨拶を返す伝助です。そして、逃げるように走り去りました。
「樹里さん、しばらく」
そこへお笑いコンビのうぃんたーずの二人が現れました。髪が長いのが下柳誠、坊主頭なのが丸谷一男です。
下柳はムッツリスケベで、丸谷はストレートなスケべです。
「お久しぶりです、うぃんたーずさん」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「今日は番組の収録?」
丸谷は露骨に樹里の胸を見ながら尋ねました。
「今日は打ち合わせです」
樹里は何の警戒心もなく言いました。
「急ぎましょう、樹里さん」
丸谷のスケベな視線に気づいた崎山アナが間に割り込んで言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じ、崎山アナとまた歩き出しました。
「チッ」
丸谷は舌打ちをしました。
「すみませんね」
ディレクターが詫びながら通り過ぎました。
樹里達が会議室に入ると、MCである飛鳥寺がビクッとしました。
「東大寺や!」
名前ボケを繰り返す地の文に切れるお笑い界の大御所の東大寺奈良男です。
「樹里はん、先日の件はくれぐれも内密に頼んます」
東大寺はススッと樹里に近づくと、囁きました。
「そうなんですか」
樹里も東大寺の耳元で囁きました。
「うひゃん」
思わず身悶えてしまう東大寺です。
(東大寺さん、どうしたんだろう?)
ディレクターは東大寺が挙動不審なので首を傾げました。
「どうもどうも」
樹里の後から入って来たのは、人気漫才師ホットドッグのボケ担当の一倉みつると漫才師のビショップスのボケ担当の五菱ひろしです。
「おはようございます」
その後から入って来たのは、伝説のコントコンビのルノアールのネタを書いている方の呉七と漫才師のポンちゃんミッちゃんのボケ担当のポン太郎です。
「お世話になります」
その後ろから現れたのは、毒舌落語家の横山五郎八です。自分の事を「天才」と言ってしまう危ない人です。
「遅くなりました」
最後にプロデューサーと入って来たのは、元漫才師の下池真理子と漫才師のボケ担当の村松高志です。
「これで揃いましたな。では、そろそろ始めまひょか」
興福寺が言いました。
「東大寺や!」
また名前ボケをした地の文に切れる東大寺です。
「今年は、どの組を優勝させるんでしたかな?」
呉七が椅子に座りながら言いました。
「これから波に乗らせたい漫才師のりったんばっこんでっしゃろ。皆さん、あんじょう頼んまっせ」
東大寺が言いました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。
「あ、樹里さんはお好きなように点数をつけてくださいね」
ディレクターが慌てて言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。何やらきな臭い感じがすると思う地の文です。
「私は、世間的に評判がいい、コントコンビの午前中のメロンが当たり障りがないと思います」
ぽん太郎が言いました。
「今年はそろそろ落語家を優勝させてもらえませんかね?」
五郎八が細い目を更に細めて言いました。
「あらあら、皆さん、お忘れじゃありません事? 私の力で関西のお笑いの賞を総なめにさせた若手漫才師の山畑沼子川太郎で決まりですわ」
大御所感が半端ない下池が言いました。一瞬にして会議室が静まり返りました。
「そ、そうでんな。沼子川太郎で決まり。異議ありまへんやろ?」
顔を引きつらせた東大寺が一同を見渡しました。誰も異を唱えません。
「そうなんですか?」
樹里が首を傾げて言いました。でも唐招提寺はそれを無視しました。
「東大寺や!」
またしてもボケた地の文に切れる東大寺です。
「樹里さん、ここはもう決まりなんです。ご発言はお控えください」
ディレクターが近づき、小声で告げました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「では、沼子川太郎を優勝にするための点数配分をお配り致します」
ディレクターがA4のコピー用紙にプリントした表を配りました。
「一番左が沼子川太郎になります。後は順序不同で結構です。ヤラセがわからないように点数を散らしてご記入ください」
プロデューサーが言いました。
「私にはくださらないのですか?」
樹里が尋ねました。
「樹里さんは当日、お好きなように得点を入れてくだされば結構ですので、表はお渡ししません」
プロデューサーは苦笑いをしました。そして、
「どうして樹里さんを今日呼んだんだ? いなくてもいいだろう?」
小声でディレクターに言いました。
「すみません、番組のスポンサーの五反田グループが参加を希望したので、仕方なく……」
ディレクターが言うと、
「それなら仕方がないか」
あっさり納得するプロデューサーです。
「とにかく、裏で優勝者を決めている事は絶対に外に漏れないようにしないといけない。ましてや、スポンサーに知られれば、番組は終わってしまう。気をつけろよ」
プロデューサーは樹里に愛想笑いをしながら、ディレクターに釘を刺しました。
「わかっています」
ディレクターも樹里に作り笑顔をしながら言いました。
本番はどうなってしまうのだろうと危惧する地の文です。




