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樹里ちゃん、人探しをする

 御徒町おかちまち樹里じゅりは新聞配達がメインの仕事になって来たメイドです。


 彼女が配達を担当している区域は「メイドさんが新聞を配るスポット」として情報誌に掲載され、只今アパートの空きが一つもありません。


 暴力団の資金源になるのではと警戒されるほど、不動産屋さんが繁盛しています。


 でも樹里はそんな事情を全く知らないまま、新聞を笑顔全開で配達しています。


 


 そんなある日の事でした。


 樹里の婚約者である名探偵の杉下左京の事務所に、彼の元同僚の加藤真澄警部が来ました。


「てめえ、何の用だ、バ加藤!?」


 左京は加藤警部を見るといきなり喧嘩腰に尋ねました。


「喧嘩をしに来たんじゃない。依頼をしたい」


 加藤警部は、その脱獄囚顔を神妙な表情にして言いました。


「わかった。座れ」


 左京は加藤警部とソファで向かい合います。


「じ、実は、初恋の人を見かけた」


「へ?」


 左京はこれ以上ないというくらい驚いた顔をしました。


「初恋? 相手は人間か?」


「当たり前だ!」


 加藤警部はムッとして言い返します。


「彼女は死んだと思っていた。でも生きていたんだ」


 左京の背中に悪寒が走ります。


(まさか……)


「たっだいまあ!」


 バカ陽気に、所員である宮部ありさが入って来ました。


「おお!」


 加藤警部が驚いて立ち上がります。ありさも加藤警部を見て驚きます。


「どちら様ですか?」


 ありさの強烈なボケに左京は頭からこけました。


「お前は宮部ありさだな!? 十年前に貸した千円、返してもらおうか」


 小さい男だ。左京は心の中で加藤警部を笑いました。


「何の事でしょう? 私にはさっぱりわかりません」


 ありさはとぼけて出て行こうとしましたが、


「只今帰りました」


と入って来た樹里のせいで、脱出に失敗しました。


「ああ、バ加藤さん、いらっしゃいませ」


 樹里が笑顔全開で言います。加藤警部は先日の一件を思い出し、「バ加藤」を訂正するゆとりもなく、照れてしまいます。


「お、お邪魔してます」


 また左京が不機嫌になりました。


「サッサと用件を言え、バ加藤!」


 加藤警部は左京を見て、


「それで、初恋の人を探して欲しいんだ」


「わかった。で、手がかりは?」


 左京はあくまでぶっきら棒です。


「これだ。警視庁内の監視カメラに写っていたものだ」


 加藤警部は内ポケットから写真を一枚取り出しました。


 左京はその写真を見ました。


「おい、この女性は……」


 左京もその女性を知っているのでしょうか? 加藤警部は左京を見て、


「そうだ。お前も良く知っている」


「そうなのか? 全く見覚えがない」


 相変わらず人の顔を忘れる名人です。


「一度病院で診てもらえ!」


 加藤警部は毒づいてから、


新城しんじょう瑠奈るな。俺達と同期の元鑑識課員だ」


「そうか、新城瑠奈か。やっぱり見覚えがないし、名前も知らない」


 左京はむしろ得意そうに言いました。加藤警部はムッとしましたが、


「とにかく、彼女がどこにいるのか知りたいんだ。頼む」


「そんな事なら、お前の方が得意だろ? 本庁の監視カメラの画像を解析して、Nシステム(顔認識システム)を使えば、すぐにわかるんじゃないのか?」


 左京は呆れ気味に言いました。しかし加藤警部は、


「そんな事、私用で使えるか! お前と一緒にするな!」


「あのね、加藤君、さっきの話なんだけどさあ……」


 ありさが媚びるような笑顔で加藤警部に近づきます。


「今大事な話の最中なんだ、静かにしてくれ!」


 加藤警部はありさにイラつき、怒鳴りました。


「何よお、怒鳴る事ないでしょ! フンだ!」


 ありさは怒って出て行ってしまいました。


「探し出して、どうするつもりだ、加藤?」


 左京が意地悪な質問をします。


「謝りたいんだ。彼女に」


「怖い顔でごめんと?」


 左京が茶化します。


「違う! 何でそんな事のために探してもらわなければならないんだ!」


 加藤警部はぶち切れ寸前です。


「はい」


 樹里がいきなり携帯で話し始め、事務所を出て行きました。


「どうした、樹里?」


 左京の呼びかけにも答えず、樹里は行ってしまいました。


「全く、どいつもこいつも……」


 左京は加藤警部を見て、


「手がかりがこれだけじゃあ、探しようがないぞ。無理だな」


「そこを何とか……」


 加藤警部にすがりつかれて、左京は寒気がしました。


「俺に触るな、気色悪い! 無理なものは無理だよ!」


 二人はしばらく押し問答のように言い合いました。


「だから、どう足掻いても無理だ!」


 左京が業を煮やして加藤警部を振り払いました。


 加藤警部はガックリと項垂れ、立ち上がりました。


「わかった。騒がせたな」


 彼は写真を内ポケットにしまうと、事務所を出て行こうとしました。


「加藤さん」


 樹里が戻って来ました。


「は、はい」


 初恋の人に会いたいと言っていたくせに、樹里には鼻の下を伸ばすエロオヤジです。


「お待たせしました。お探しの方をお連れしました」


「え?」


 加藤警部は驚いて樹里の後ろに立っている女性を見ました。


 そこにいたのは、写真の女性、新城瑠奈でした。


「加藤君、お久しぶり」


 瑠奈はニコッとして言いました。


「私を探していたんですってね」


「あ、ああ。どうしてそれを?」


 すると瑠奈の後ろからありさが現れ、


「瑠奈は私の親友よ。だから、居場所を知っているの」


「へ?」


 加藤警部は間抜け面になりました。左京が、


「どうしてそれをさっき言わないんだ!?」


 するとありさはムッとして、


「言おうとしたら、この脱獄犯が怒鳴ったんでしょ!」


 加藤警部はハッとしてありさを見ました。


「す、すまない、宮部。それと、ありがとう」


「いいわよ。さ、瑠奈と話したい事があるんでしょ。ここじゃ何だから、喫茶店にでも行きなさいよ」


 ありさは愛想良く二人を送り出しました。


「これで借りた千円はチャラよ」


「ああ」


 加藤警部と瑠奈は微笑み合いながら事務所を出て行きました。


「はーい、これにて一件落着ね」


 ありさが嬉しそうに言います。


「そうなんですか」


 樹里も嬉しそうに応じます。


「バカヤロウ、仕事をふいにしやがって!」


 左京がありさに詰め寄ります。


「あはは、左京、ありさの可愛さに免じて、許してえ」


 ありさはクネクネして詫びます。


「気色悪いからやめろ」


 左京はありさから離れました。


「でも、たかが千円のために、強欲なお前が動くはずがないよな?」


 左京の会心の突っ込みにギクッとするありさです。


「本当はどういう事なのか、きっちり説明してもらおうか、ありさ?」


 左京はありさを睨みつけました。ありさは苦笑いして、


「加藤君、記憶違いしてたのよね。私が彼から借りたのは十万円なの。だから、誤魔化そうと思って、瑠奈を連れて来たの」


 左京は唖然としました。


「お前なあ……」


「いいとこあるでしょ、私って。テヘ!」


 可愛い子ぶるありさをもう一度睨み、項垂れる左京です。


「はい、左京さん」


 樹里が左京に何かを手渡します。


「何だ?」


 それはタクシーの請求書でした。瑠奈の家まで行って来た料金です。


「三万円!?」


 左京がありさを見た時、彼女はそこにいませんでした。


「あの女ァッ!」


 左京は地団駄を踏みました。


 


 新城瑠奈がすでに結婚して二人の子供がおり、旦那とラブラブだと知った加藤警部が自棄酒を浴びるほど飲んだ事を左京達が知るのは次の日の事でした。




 めでたし、めでたし。

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