樹里ちゃん、保護者会の会長に選ばれる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は月曜日ですが、樹里は小学校の保護者会に出席するために休暇を取りました。
「有給休暇ですから、大丈夫ですよ」
樹里は全く悪気なく不甲斐ない夫の杉下左京に言いました。
「そうなんですか」
その日も仕事がない左京は顔を引きつらせて応じました。
何故、仕事がなくて暇を持て余している左京が代わりに出席しないのかと言いますと、小学校を出入り禁止になっているからです。
「違う!」
真実を語ったはずの地の文に切れる左京です。
「会長の御法川さんが次の会長に樹里を指名したからだよ!」
左京は必死になって自分は無実だと言い張りました。
保護者会には会長の指名で次の会長が決まるという規定はないので、副会長の一人である教頭先生が総会を招集したのです。
「わーい!」
長女の瑠里と次女の冴里は樹里が一緒に小学校へ行くので、大喜びです。
三女の乃里はそれを羨ましそうに見ています。
四女の萌里は樹里の姉の璃里が来て、面倒を見る事になりました。
密かに喜んでいる左京です。
「やめろ!」
未だに璃里に邪な気持ちがある左京が地の文に切れました。
「ねえよ!」
地の文の鋭い推理に必死になって抵抗する左京です。
「申し訳ありません、お姉さん。萌里をよろしくお願いします」
樹里は深々と頭を下げて言いました。
「気にしないで。久しぶりに子供の面倒を見るの、実は楽しみなんだから」
璃里は言いましたが、本当は時々顔を出す母親の由里から逃れたかったのは内緒にする地の文です。
「内緒にしてないでしょ!」
結局白日の下にさらしてしまう地の文に抗議する璃里です。
「行って参ります」
樹里達は小学校へと向かいました。
「行って来ます」
左京は乃里と共に保育所へ向かいました。
「行ってらっしゃい」
璃里は萌里を抱いて言いました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが、
「みんな、気をつけて!」
そう言っているかのように吠えました。
そして、事情を知らずに誰もいなくなったところに現れ、茫然自失としてしまった昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
樹里と瑠里と冴里は何事もなく小学校に着きました。
「ママ、がんばってね!」
瑠里と冴里は生徒用の玄関へと駆けて行きました。
樹里は二人が玄関に入るのを見届けてから、来客用の玄関から中に入りました。
「おはようございます、杉下さん」
靴箱の前に御法川文華が立っていました。
「おはようございます、御法川さん」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「あれからよく考え、夫とも相談しました。夫は議員でなくなった以上、東京を離れ、選挙区がある地元へ帰りたいと申しました。私もそれが良いと考え、引っ越す事にしました」
文華は自嘲気味に笑みを浮かべて言いました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「貴方とはいろいろとありましたが、今となっては全てよい思い出です」
文華はそう言いましたが、それは樹里のセリフだと思う地の文です。
「うるさいわね!」
素早く地の文に切れる文華です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じてから、
「寂しくなりますね」
言い添えました。
「ありがとう、杉下さん」
文華は目を潤ませて言いました。
やがて樹里達は体育館に設置された総会の会場へと行き、たくさん並んでいるパイプ椅子に座りました。
まだ会長である文華は他の役員の人達と共に壇上に並べられたパイプ椅子に座りました。
「お忙しいところ、お集まりいただき、ありがとうございます。本日は、会長である御法川さんがご主人の地元へお引越しされるという事で、会長職を辞められる事になりました事により、新たな会長を選出する運びとなりました」
司会進行を務める教頭先生が言いました。それに合わせて文華が立ち上がり、会場に集まった保護者達に頭を下げて着席しました。
「ではまず、会長に立候補される方がいらっしゃれば、挙手を願います」
教頭先生は会場を見渡しながら言いました。しかし、誰も手を挙げません。
「それでは、どなたか推薦する方がいらっしゃいますか?」
教頭先生の問いかけに文華が手を挙げました。
「はい、御法川さん」
教頭先生が文華を指名しました。文華は立ち上がって、
「杉下樹里さんがよろしいかと存じます」
それだけ言うと、お辞儀をして座りました。会場がどよめきました。
「他に推薦はありますか?」
教頭先生が言いましたが、誰も手を挙げませんでした。
「それでは、会長は杉下樹里さんでいいと言う方は挙手を願います」
教頭先生がまた会場を見渡して言いました。ほとんどの人が手を挙げて、樹里の会長就任を推しました。
「過半数の方が賛成されましたので、杉下樹里さんが会長に就任する事になりました」
教頭先生は樹里を見て、
「杉下さん、それでよろしいですか?」
確認をしました。樹里は立ち上がり、
「慎んでお受け致します」
頭を下げました。それと同時に拍手が巻き起こりました。
どうやら、最初から樹里が会長になる事で根回しができたいたのだと推測する地の文です。
「あれ、樹里はいないの?」
突然現れた由里に驚く璃里と左京です。
「何だい、あんた達、そんなに驚いて。もしかして、二人で不倫しようとしていたとか?」
由里がニヤニヤして言うと、
「お、お母さん、何て事言うのよ!」
璃里は烈火の如く怒りましたが、
「そ、そんな事はありませんよ……」
左京はアタフタとしてヘラヘラしていました。
(左京ちゃん、まさか、ホントにそのつもりがあったの?)
疑惑の眼差しを向ける由里です。
「左京さんももっと怒ってくださいよ! 母が調子に乗ってあちこちで喋らないように!」
璃里がムッとした顔で左京に詰め寄ったので、
「ああ、は、はい!」
顔を赤らめて応じる左京です。
(こいつ、どうしようもないな。樹里に説教してもらうか)
由里はこっそり樹里にメールを送りました。
その日の夜、左京がコンコンと樹里に説教をされたのは言うまでもないと思う地の文です。
めでたし、めでたし。




