樹里ちゃん、体力系の旅番組に出演する(後編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は、テレビジャパンの「体力が大事! すごろく旅」という番組の収録に参加しています。
共演者は、レギュラーのクロコダイル藤山というお笑い芸人、そして、以前樹里と共演した事がある女優の貝力奈津芽です。
奈津芽はバスの目を出し、藤山は自転車の目を出し、樹里は徒歩の目を出しました。
樹里がビリ確定かと思われましたが、オリンピアン並みの身体能力を存分に生かして、藤山の自転車を瞬時に抜き去り、奈津芽のバスも追い抜いて、一位でゴールしました。
樹里の腕立て伏せと腹筋を撮影できると思っていたゼネラルプロデューサーの一手九蔵はがっかりしましたが、次なる作戦を思いつき、お蔵入りを阻止しました。
(クロコダイル藤山の腕立て伏せや腹筋なんて、絵にならない上に苦情が来る可能性すらある。樹里さんがダメでも、せめて奈津芽ちゃんにビリになって欲しい)
一手プロデューサーは越後屋のような笑みを浮かべました。
(取り敢えず次は藤山に一位になってもらおう。樹里さんか奈津芽ちゃんの腕立て伏せや腹筋なら、視聴率が稼げる)
藤山にはバスの目が出るように細工したすごろくを渡すつもりのやらせヤロウです。
「うるさい!」
真実を追求する地の文に切れる一手です。
「では、次の目標地点は、ここから十キロメートル先にある緑地公園です」
浦見益代アナウンサーが告げました。
(もうビリは嫌だ)
まだヘロヘロの藤山は思いました。何故か一手が親指を突き立てて見せたので、
(どういう事だ?)
藤山は首を傾げました。
(もしかして、腕立て伏せと腹筋が良かったという事か? それは困る)
藤山は本気で「筋トレN G」にしようと思っています。
「どうぞ」
浦見アナがすごろくを渡しました。
「あれ?」
藤山はそのすごろくが最初のものとは重さが違うのに気づきました。
(何だ、一体? 何か仕掛けがあるのか?)
色々と考えてみる藤山ですが、
(こうなったら、自棄だ。出たとこ勝負にしよう)
捨て鉢になり、すごろくを思い切り高く投げました。すごろくは地面に落下して、不自然な転がり方をし、バスの目で止まりました。
「おお!」
転がり方の不自然さには気づかず、バスの目が出た事を単純に喜ぶ藤山です。
「バスですね。藤山さん、ホッとしていますね」
浦見アナが言いました。
「はい。これでビリはないですね」
藤山は本当に嬉しそうに言いました。
「では、続いて貝力さん、お願いします」
何故かディレクターがすごろくを渡したので、
(どういう事?)
奈津芽はすごろくがすり替えられたのに気づきました。
(嫌な予感しかしないけど、ドラマの番宣がかかっているから、逃げる訳にはいかない)
奈津芽は意を決してすごろくを放りました。すごろくは勢いよく転がって、人力車の目を出しました。
(乗り心地が不安だけど、徒歩じゃなくて良かった)
ホッとする奈津芽です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開ですごろくを受け取りました。そして出たのは自転車の目でした。
藤山はバスへ、奈津芽は人力車へ乗り込みました。
「感激です、大ファンです。一位に向けて頑張ります」
人力車の車夫の若いマッチョな男性が言いました。
(ちょっとタイプかも)
奈津芽も悪い気はしていないようです。
「そうなんですか」
樹里は自転車にまたがりました。
「用意ドン!」
浦見アナの掛け声で、一斉にスタートです。
「うおおおお!」
人力車の車夫は奈津芽が悲鳴をあげるのもおかまいなしで、凄まじい速さで走り出しました。
(あれ?)
それを見て一手が少し焦りましたが、
(いや、奈津芽ちゃんより樹里さんのビリの方がいいな)
そう思って樹里を見ましたが、すでに樹里が乗る自転車は遥か彼方に行っていました。
「えええ!?」
驚愕する一手とディレクターです。浦見アナも呆然としています。
(腕立て伏せと腹筋は回避だな)
バスの最後部の座席にゆったりと座っていた藤山ですが、人力車と自転車が追い越して行ったのに気づき、
「嘘だろー!?」
大声を出してしまいました。
(でも、あのスピードで十キロメートル先まで行けるはずがない。大丈夫だ)
藤山は楽観して座りました。
「あれ?」
すると、バスは謎の渋滞にはまってしまいました。
「嘘だろー!?」
また叫ぶ藤山です。
奈津芽が乗る人力車と樹里が乗る自転車はデッドヒートを繰り広げましたが、抜け道マップのバイトをしていた事がある樹里に地の利が働いて、途中で勝敗が決しました。
(また樹里さんが一位なのか?)
緑地公園にいるスタッフからの連絡をロケバスの中で受け、項垂れる一手です。
「ぐううう!」
そしてまた、クロコダイル藤山の見苦しい筋トレシーンの撮影になってしまい、スタッフ一同うんざりしました。
「頑張ってください、藤山さん」
樹里が笑顔全開で応援してくれたので、
(ビリでもいいかな)
変態的な思考に陥ってしまった藤山はその後もビリになり続け、見苦しい罰ゲームが続きました。
(ボツだな)
ディレクターは思いましたが、
(番組のスポンサーに五反田グループが入っているから、ボツにはできない。一か八かだ)
一手は首を覚悟で放送を決定しました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
数日後、番組が放映されました。一部の樹里ファンと奈津芽ファンは事前に情報を得ており、ネットで視聴するように拡散していたので、視聴率はよかったのですが、
「中年のオヤジの気持ち悪い罰ゲームが酷かったので、次からは別の人にしてください」
クロコダイル藤山の降板希望のメールが番組のホームページに殺到しました。
(すまん、藤山君。泣いてくれ)
容赦なくレギュラーから藤山を外す決意をする一手でした。
めでたし、めでたし。




