樹里ちゃん、体力系の旅番組に出演する(前編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
しばらくテレビの撮影が続いているため、多くの人からクレームが入っていますが、一切聞く耳を持たない地の文です。
今日、樹里は新橋にあるテレビジャパンに来ています。
「樹里さん、ようこそおいでくださいました」
ロビーで出迎えたのは、先日五反田邸に出演交渉に行ったゼネラルプロデューサーの一手九蔵です。
「本日はお世話になります」
樹里は笑顔全開で深々と頭を下げました。
「本日は、弊社のアナウンサーである浦見益代が進行を務めます」
一手に紹介された浦見アナが、
「樹里さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
頭を下げました。
「お久しぶりです。こちらこそよろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で応じました。
「それから、一緒に旅をする皆さんを紹介します。まずは、この番組のレギュラーであるお笑い芸人のクロコダイル藤山さんです」
浦見アナに紹介されたクロコダイル藤山が登場しました。
「樹里さん、初めまして。お笑いをやっています、クロコダイル藤山です」
気持ち悪い中年の小太りのおじさんです。
「うるさい!」
見たままを述べただけの地の文に切れる藤山です。
「よろしくお願いします」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そして、今回のゲストは、女優の貝力奈津芽さんです」
以前、樹里とドラマやバラエティで共演した事がある奈津芽が登場しました。
「樹里さん、お久しぶりです」
奈津芽が言いました。
「お久しぶりです、奈津芽さん」
樹里は笑顔全開で応じました。
(貝力ちゃんも可愛いけど、やっぱり樹里さんだなあ)
藤山は早速変態的な事を妄想していました。通報しましょう。
「妄想だけなら犯罪じゃねえだろ!」
先回りをしようと思った地の文に切れる藤山です。
「では、オープニングの撮影をしますので、車寄せに移動します」
浦見アナが先導して、樹里達は玄関を出て車寄せへ行きました。
「さて、今回も始まりました、体力が大事! すごろく旅です」
場を盛り上げるためににこやかに喋る浦見アナです。
「わーい!」
藤山も、自分の唯一の冠番組なので、盛り上げようと必死です。
奈津芽も拍手をして盛り上げに参加しています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「この番組は、東京キー局の中でも飛び抜けて過酷と言われている、超体育会系の旅番組です」
浦見アナが変わったすごろくを持ち出しました。
「見ていただくとわかるように、このすごろくには文字が書かれています」
浦見アナは縦横高さ三十センチ程度のすごろくをカメラに向けて説明します。
「これが出ると、目標まで徒歩で移動です。こちらですとバスに乗れますが、こちらですと、自転車で移動です。更にこちらが出ますと、人力車での移動になります」
レギュラーの藤山は頷くだけですが、よく企画内容を知らされずに出演している奈津芽の顔が引きつっていきます。
「そうなんですか」
樹里も内容を知らされずに来ましたが、笑顔全開で応じました。
「目標に一番遅く到着した人は、その場で腕立て伏せ二十回と腹筋二十回となります」
罰ゲーム付きの競争なので、手を抜くともっとつらい目に遭います。
(何も聞かされてないわよ! 出るんじゃなかった)
奈津芽は泣きそうな顔になりました。
「では、一番手は貝力さんです、どうぞ」
笑顔ですごろくを渡す浦見アナをキッと睨みつけながら、奈津芽はすごろくを投げました。
「おお!」
すごろくの目は、バスが出ました。ホッとする奈津芽です。
「では、奈津芽さんは番組で用意した観光バスにお乗りください。次は樹里さんです」
浦見アナがすごろくを樹里に渡しました。
「そうなんですか」
樹里はポイッとすごろくを投げました。すごろくはコロコロと転がって、徒歩が出ました。
「ああ、樹里さん、徒歩です。目標地点はここから五キロメートル程ありますから、いきなり過酷ですね」
浦見アナはすごろくを拾いながら言いました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「では、最後に藤山さん、お願いします」
浦見アナがすごろくを藤山に渡しました。
「それえ!」
藤山は必要以上に高く放り投げました。すごろくは弾んで転がり、自転車が出ました。
(こりゃまずいな。樹里さんがビリだ。でも、樹里さんの腕立て伏せと腹筋、見たいなあ)
また変態的な事を妄想する藤山です。
樹里に頼み込んで出演をしてもらった一手プロデューサーは渋い顔をしています。
(撮り直しか?)
藤山が焦っていると、ディレクターに一手が黙って頷き、撮影続行です。
藤山はホッとしました。
「では、貝力さんはバスへ、藤山さんは自転車に乗ってください」
浦見アナが言いました。三人はスタートラインに着きました。
「位置に着いて、用意ドン!」
浦見アナの掛け声で、奈津芽が乗った観光バスが走り出し、藤山の自転車も走り出しました。
「走ってもいいのですか?」
樹里がディレクターに尋ねました。
「構いませんよ」
ディレクターは苦笑いして言いました。
(いくら走っても、バスと自転車には敵わないよ)
ディレクターは肩をすくめました。
「では、走ります」
樹里は笑顔全開で告げると、風を巻いて駆け出しました。
「ええ?」
ディレクターと浦見アナ、そして一手プロデューサーは驚愕しました。
「わあ!」
自転車を快調に走らせていた藤山は、突風に巻き込まれたようにグラつきました。
「え? 今の何?」
樹里が追い抜いたのを認識できていない藤山です。
「ああ!」
奈津芽は樹里がバスを追い越していくのを見て、座席から立ち上がりました。
(忘れてた! 樹里さん、オリンピアン並みに速かったんだ!)
以前、DTBの番組でリレーのアンカーをした樹里の速さを思い出す奈津芽です。
結局、ビリ予想の樹里がぶっちぎりの一位でゴールしました。
(すごろくを変えよう)
心の中で画策する一手プロデューサーです。
「くうう!」
ビリの藤山は汗まみれになりながら、腕立て伏せと腹筋をしました。
「頑張ってください」
それでも樹里に応援されたので、チャラになったと思っている変態です。
後編に波乱があるのかわからないと思う地の文です。




