表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/839

樹里ちゃん、新聞の集金にゆく

 御徒町おかちまち樹里じゅりは、新聞配達をするメイドです。


 結構無防備なので、携帯のカメラやデジカメで撮影され、ネットで公開されています。


 動画も配信されていて、有名なサイトでは一日五百万アクセスを記録したそうです。


 でも樹里はインターネットをしないので、全然それを知りません。


 しかも、


「樹里ちゃん、頑張って!」


と声をかけられると、


「ありがとうございます」


とわざわざ自転車を降りて深々とお辞儀をして挨拶を返します。


 マニアは悶絶するそうです。


 


 そんなある日。


 いつものように朝刊の配達を終えた樹里が販売所に戻りました。


 すると所長が、


「御徒町さん、頼みがあるんだけど」


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で所長を見ます。


 所長は奥さんも高校生の娘もいる中年のおっさんですが、樹里の笑顔についニヤけてしまいます。


「実は、購読料を滞納している人がいるんだけど、その人が、御徒町さんが集金に来てくれれば払うって言ってるんだ」


 滅茶苦茶な要望です。


「そうなんですか」


 でも樹里は笑顔全開です。


「悪いんだけど、集金に行ってもらえないかな?」


「はい、わかりました」


 樹里は全く躊躇する事なく答えました。


 所長はホッとしたのですが、


「何かあると困るから、誰かと一緒に行った方がいいよ」


「はい」


 樹里は集金袋と領収書を渡され、早速その滞納者のところに行く事にしました。


 そして彼女は、婚約者である名探偵の杉下左京に連絡します。


「どうしたんだ?」


 まだ起きたばかりの左京は樹里に何かあったと思い、大慌てで携帯に出ました。


 樹里は事情を説明しました。


「よし、わかった。三十分でそっちに行く。待っててくれ」


「はい」


 樹里は携帯を切り、左京を待ちました。


 まもなく左京が欠伸をしながら車で現れました。


「乗れ。そいつのところに行こう」


「はい」


 左京は樹里を乗せると、滞納者が住むアパートに向かいました。




「あれ? ここは……」


 左京はそのアパートに見覚えがあります。


「どうしてだ? 俺はここを知っている……」


 左京は樹里に一人でドアの前に立つように指示し、自分は柱の陰に隠れます。


「何で知ってるんだ?」


 彼はふと目の前にある郵便受けを見ました。


 アパートの住人全員のものがズラッと並んでいるタイプで、それぞれに鍵が付いています。


「加藤真澄? 聞いた事があるような名前だな?」


 普通の人ならこの時点で気づきますが、人の顔と氏名を忘れる天才の左京は気づきません。


「おはようございます。新聞の集金に来ました」


 樹里が滞納者の部屋に声をかけました。


「お待ちしてました! 汚いところですが、上がって下さい、樹里さん!」


 ドアを開いて現れたのは、あの懐かしい脱獄囚顔の加藤警部でした。


「ああ、てめえはバ加藤! 何でこんなところにいるんだよ!?」


 左京は樹里と加藤警部の間に立ち塞がりました。


「す、杉下!? お前も来てたのか!?」


 加藤警部は仰天しました。


「お前、真澄って言う名前なのか?」


 左京が笑いを噛み殺して尋ねます。


「わ、悪いか!?」


 加藤警部は顔を赤らめて言い返します。


「わはははは、似合わねえ! 笑えるゥッ!」


 左京は大笑いしています。


「う、うるさい!」


 加藤警部は樹里を見て、


「滞納分をお支払しますので、お茶でも飲んで行って下さい」


「はい」


 大笑いしていた左京ですが、樹里があっさりと加藤警部の部屋に入ってしまったので、


「ああ、待て、バ加藤!」


と止めに入りましたが、ドアはバタンと閉じられ、鍵もかけられてしまいました。


「樹里、大丈夫か!? 何もされていないか!?」


 左京はドンドンとドアを叩いて叫びます。


「うるさいね、あんた! 警察を呼ぶよ!」


 隣の部屋から、おばさんが顔を出します。


「呼びたきゃ呼べ!」


 左京がそう言うと、おばさんは本当に警察を呼びました。


 実はそのアパートは独身の警察官がたくさん入居していたのです。


 左京も以前住んでいた事があったのですが、全く覚えていませんでした。忘れん坊過ぎです。


「不審者め!」

 

 左京は取り押さえられ、近くの交番へ連れて行かれました。


「樹里ーッ!」


 彼の叫びが辺りに響きました。


 


 一方、加藤警部の部屋に入った樹里は、座布団の上にチョコンと座り、加藤警部が淹れてくれた紅茶を飲んでいました。


「ど、どうですか、美味しいですか?」


「はい、美味しいです」


 樹里の笑顔に顔を赤らめ、加藤警部は恥ずかしそうに頭を掻きました。


「す、すみませんでした、お呼び立てしてしまって」


 加藤警部は樹里に新聞代を渡します。


「ありがとうございます。ところで、契約の更新はいかがですか?」


「します、します! 五年くらいします!」


 加藤警部は興奮して言いました。


「そんなにはできないのです。一年でいいですか?」


「はい、それでいいです!」


 すると樹里は集金袋から、写真を取り出し、


「今一年契約をして下さった方には、もれなく私の写真を差し上げています」


と加藤警部に渡しました。


「おお!」


 樹里のグラビア時代のボツ写真でした。どこまでも商売上手な販売所です。


 それは目を瞑ってしまっているので、使われなかったものです。


「おおおお!」


 加藤警部は雄叫びを上げました。


「では、失礼します。ありがとうございました」


 樹里は笑顔で挨拶し、部屋を出て行きました。


「じゅ、樹里さん……」


 加藤警部は、その写真と生の樹里を見たので、失神してしまいました。




「左京さん?」

 

 アパートの外に左京がいないので、樹里は不思議に思い、携帯に連絡します。


 でも、電源が切れていて、左京は出ません。


「左京さん、どこに行ってしまったのでしょう?」


 左京が交番から解放されたのは、それから二時間後でした。




 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ