樹里ちゃん、別の旅番組に出演する(前編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
ここへ来て、樹里のテレビ出演が次々と決まり、姉の璃里が代わりに五反田邸に行く事になりました。
どうやら、母親の由里との同居が嫌になって、外で働きたくなったようです。
「違います!」
地の文に上品に切れる璃里です。
「何だって?」
地の文に凄んで切れる由里です。
地の文は身体中の水分を放出してしまいました。
「五反田邸のお仕事は私がこなすから、樹里は心置きなく収録に臨んでね」
璃里が言うと、
「そうなんですか」
樹里はいつも通り、笑顔全開で応じました。
さて、今回はあらゆる登場人物が出ないという構成になっています。
あれこれ叫んでいる人がいますが、全部割愛する地の文です。
樹里は誰にも護衛をされず、電車を乗り継いで、五反田にあるDTB(大東京テレビ放送)にやって来ました。
四女の萌里は璃里が五反田邸に連れて行っています。母乳は出ないので、粉ミルクです。
「うるさいわね!」
樹里に比べて胸が寂しい璃里が地の文に切れました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さん、お待ちしていました」
不用意な発言をして出迎える編成局長の大神少年です。
「お待たせして申し訳ありません」
樹里は深々と頭を下げました。
「あ、いや、そういう事ではなくてですね……」
樹里の対応マニュアルを読んでいない大神編成局長はあたふたしました。
「樹里さん、こちらへどうぞ」
アナウンス部の部長代理に昇格した安掛一郎アナが現れました。
安掛アナは、昇進と引き換えにテレビ夕焼の美人アナウンサーの松尾彩と別れたのです。
「根も葉もない事を言わないでください!」
別々の場所で地の文に切れる安掛アナと松尾アナです。
松尾アナは怒っていますが、安掛アナは涙ぐんでいる事を伝える地の文です。
「はっ!」
安掛アナが我に返ると、持ち直した大神編成局長が樹里を案内して奥へ進んでいました。
「待ってください!」
慌てて追いかける安掛アナです。
樹里が案内されたのは、広めの会議室でした。
中央に置かれた長テーブルに二人の女性が座っていました。
一人は不甲斐ない夫の杉下左京が子供の頃からのファンである高瀬莉維乃で、もう一人はお笑い芸人の佐藤不可子です。
「私はそこまで歳ではないわよ!」
正直な地の文に抗議する莉維乃です。
「しばらくね、樹里さん。お元気そうで何よりだわ」
樹里に対して嫉妬も羨望もない莉維乃は笑顔で言いました。
「お久しぶりです、高瀬さん。またお会いできて、嬉しいです」
樹里は笑顔全開で応じました。
「初めまして、樹里さん。芸人をやらせてもらっている佐藤不可子です」
樹里よりふた周りくらい年上の不可子が作り笑顔で言いました。
「そんなに年上じゃないわよ!」
実はギリギリふた周りを下回る不可子が地の文に切れました。
「初めまして、佐藤さん。今日はよろしくお願い致します」
樹里は笑顔全開で応じました。
(憧れの芸人の西園寺伝助師匠を骨抜きにした貴女を私は許さないからね)
樹里が莉維乃と話しているのをこっそり睨みつける不可子です。
どうやら、不可子は伝助と深い仲のようです。
「違うわよ!」
顔を真っ赤にして地の文に切れるわかり易い不可子です。
実は樹里は、伝助から不可子をよろしくと連絡をもらっていました。
後輩思いのいい人だと思った地の文ですが、伝助は不可子を口実に樹里に連絡したかっただけでした。
しかも、伝助は五反田邸に連絡しており、話したのは璃里だったという悲しいオチも付いています。
要するに樹里にはまだ伝わっていないのです。
(この女をべた褒めしている師匠は見ていられなかった。本当に魅力的な女はどういう女か、師匠に教えてあげるわ)
不可子は今は太っていますが、若い頃はお笑い界では可愛いと言われたのです。
でも、お笑い界では可愛い程度では、樹里に太刀打ちできないと断言する地の文です。
「うるさいわね!」
名推理を展開した地の文に切れる不可子です。
編成局長と番組のディレクターが内容を説明しました。
三人で五反田から八王子までバスや電車を乗り継いで所持金をどこまで残せるかを競う旅だとの事です。
旅の途中で、銘酒や銘菓、ご当地グルメなどが三人を誘惑し、お金を使わせようとします。
それを如何に乗り切り、ゴールの京王八王子駅へ行くかです。
酒に目がない莉維乃や、食べ物が恋愛より好きな不可子がどこまで我慢できるかが勝敗を分けるでしょう。
「では、スタート地点の五反田駅へ行きましょう」
ディレクターの先導で、三人はテレビ局からすぐのJR五反田駅へと向かいました。
「所持金は一人二万円です。うまく節約して残金をできるだけ多くしてください」
進行役の安掛アナが言いました。
「負けないわよ!」
カンペ通りに言う莉維乃です。
「私だって!」
同じく不可子です。
「そうなんですか」
何故かカンペを出された樹里です。
「では、スタートです!」
安掛アナが笛を吹きました。
莉維乃と不可子は改札口へと走り出しました。
「樹里さん、スタートですよ」
安掛アナが動き出さない樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で走り出すと、ドタドタ走っている莉維乃と不可子をあっという間に追い越し、発券機で切符を買うと、素早く改札を通りました。
「ああ!」
莉維乃と不可子は慌てて切符を買おうとしますが、買い方がよくわからず、駅員に訊いたりして手間取っています。
そうしているうちに樹里はホームに入ってきた山手線に乗り込み、新宿方面へと進みました。
(こりゃ、ボツになりそうだな)
あまりにも差がつき過ぎた樹里と二人を見て、安掛アナは溜息を吐きました。
「取り越し苦労だよ」
大神編成局長が安掛の肩を叩きました。
「え?」
安掛アナはギョッとして編成局長を見ました。
編成局長はまるで某推理作家のような悪い顔をしていました。
「また誰か私の悪口を言っているような気がするけど、幻聴なのよ!」
どこかで叫ぶ高名な推理作家の大村美紗です。
後編へ続くと思う地の文です。




