樹里ちゃん、水無月皐月を見舞う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。樹里は長月葉月、目黒弥生と共に水無月皐月のマンションへお見舞いに行く途中です。
「つわりがあまり酷いようだと、妊娠悪阻の可能性もあるので、よく診させてもらいましょう」
五反田氏の妻である澄子の専属医でもある葉月が言いました。
「私が顔を見せる事で、首領のつわりが酷くなるなんて事はないですよね?」
皐月に訪問N Gを出されている弥生が言いました。
「それはないと思うけど、可能性としては否定できないわね」
葉月が真顔で言ったので、涙目になる弥生です。
「大丈夫ですよ、弥生さん。皐月さんは弥生さんをそんな風に思っていませんよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
(そんな風に思っている可能性があるのよね)
苦笑いして聞いている葉月と弥生です。
「一般的には、つわりは第5週から第16週くらいまでなのですが、個人差があるので、妊娠期間中ずっとつわりの状態の人もいます」
葉月が言った時、三人は皐月のマンションの前に着きました。
「ここですね」
弥生が建物を見上げて言いました。
「やっぱり、私は会わない方が……」
弥生は尻込みしました。
「ここまで来て帰ったなんて後で知れたら、もっと大変よ」
葉月が目を細めて言いました。
「脅かさないでくださいよお」
また涙目になる弥生です。
「さあ、行きましょう」
樹里が笑顔全開で二人を促しました。
「お待ちしていました」
玄関のドアを開いたのは、夫の霜月翔でした。
「お待たせして申し訳ありません」
樹里がいつもの返事を深々と頭を下げながら言いました。
「あ、いや、そういうつもりで言ったのではないのですが……」
初めて樹里のボケを受けた翔はアタフタしました。
「翔さん、気にしないで。これは樹里さんのいつもの対応だから」
葉月が小声で教えました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開、翔は引きつり全開で応じました。
三人は皐月が寝ている寝室へ通されました。
「わ」
弥生が思わず声を上げてしまいました。寝室にあるベッドはピンクの天蓋でフリルがたくさん付いたものでした。
所謂、プリンセスベッドです。いい歳したおばさんが寝るベッドではありません。
「うるさいわよ!」
具合が悪いにも関わらず、地の文に切れる皐月です。
「皐月、樹里さんと葉月さんと弥生さんが来てくれたよ」
翔が布団に包まってウンウン唸っている皐月に声をかけました。
「皐月さん、お加減は如何ですか?」
樹里が尋ねました。皐月はやつれた顔を布団から少しだけ出して、
「はい、何とか生きています」
葉月と弥生は皐月の顔色の悪さにギョッとしました。
「においが気になって、何も食べられなくて、白湯を飲むのが精一杯です」
葉月が進み出て、
「ちょっと診察させてください。症状が重い場合には、入院の必要があるかも知れないので」
「大袈裟よ、葉月。つわりで入院なんて、聞いた事ないわ」
皐月は苦しそうに言いました。
「大袈裟なんかじゃありません。つわりはほとんどの妊娠した人がなりますが、重い場合には、脳や肝臓にも障害が出る事があるんですよ」
「え?」
皐月は葉月の言葉にギクッとして起き上がりかけました。しかし、力が入らないのか、また横になってしまいました。
「横になったままで大丈夫ですから」
葉月は医療鞄から聴診器を取り出すと、皐月に当てていきます。
「脱水していますね。水分が足りていないようです。それから、口臭がしています。口の中が乾いているようです」
口臭と言われて、皐月の顔が赤くなりました。翔に臭いと思われたと感じたのでしょう。
口臭は加齢の可能性が高いと思う地の文です。
「うるさいわね!」
地の文の名推理には元気よく切れる皐月です。
「体重は減っていますか?」
葉月が更に尋ねました。
「減っているわ」
皐月はパジャマの袖を捲って見せました。骨が浮き出ているのがわかります。
「皐月さん、このままでは、胎児にも悪影響が出ます。入院をお勧めします。検査を受けて、適切な処置をしなければなりません」
葉月が言うと、横で聞いていた翔がビクッとしました。
「貴女がそう言うのなら、そうなのでしょうね。お腹の子のためにも、そうするわ」
皐月は弱々しく笑いました。
「通院しているのは、樹里さんと同じ病院ですよね。そこに連絡します。場合によっては、救急搬送してもらいます」
葉月はスマホを操作しながら言いました。
「救急車はやめて。ご近所に迷惑になるから」
皐月は葉月の服の裾を掴みました。葉月はそれを振り払って、
「だったら、階下まで歩けますか?」
皐月は目を見張りましたが、
「わかったわ。救急車を呼んで。翔、ご近所にはお願いね」
「ああ、わかったよ」
翔は皐月の顔を優しく撫でました。
しばらくして、救急隊が駆けつけ、皐月はストレッチャーに載せられて運ばれていきました。
葉月と翔が救急車に同乗し、樹里と弥生はタクシーで病院に向かいました。
「私の時より、酷いですね。つわりって、未だに原因が不明なんですよね。大丈夫かなあ、皐月さん」
弥生が上辺だけ心配してみせました。
「心の底から思ってるわよ!」
にべもない地の文に切れる弥生です。
「私はつわりになった事がないので、わかりません」
樹里が笑顔全開で言ったので、
「そうなんですか」
弥生は引きつり全開で応じました。
幸い、皐月は妊娠悪阻ではなかったので、体力回復のために入院する事になりました。
「何も心配しないで」
樹里を担当した事がある樽さんが言いました。
「垂井だよ!」
地の文のボケに素早く切れる垂井さんです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。




