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樹里ちゃん、プールへゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 樹里は、五反田氏の一家が世界一周旅行に行ってしまったので、一ヶ月の夏季休暇になりました。


 しかも、不甲斐ない夫の杉下左京が困らないように有給休暇です。


「ううう……」


 その事を指摘されるとぐうの音も出ない左京は、項垂れるしかありません。


「左京さん、行って参ります」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「え?」


 左京は遂に樹里が別居を決意したと思って慌てました。


「瑠里と冴里のプールの日なので、出かけますね」


 呆然としている左京に樹里は更に笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 左京は樹里の口癖で応じるのが精一杯でした。もちろん、万国旗は出せません。


「俺が代わりに行こうか?」


 左京はよこしまな事を思いついて言いました。


「違う! 断じて違う!」


 図星をついた地の文に切れる左京です。


「父親の参加は厳禁だそうです」


 樹里に笑顔全開であっさり拒否されたので、


「ううう……」


 首が折れる程項垂れる左京です。


「萌里と乃里をお願いしますね」


 樹里はそれだけ言うと、はしゃぐ瑠里と冴里を伴って、小学校へ向かいました。


「いってらっしゃい、ママ!」


 乃里は笑顔全開で言いました。萌里は母乳をたっぷり飲んだので、ぐっすり眠っています。


(ずっと眠っていてくれよ)


 左京は萌里の寝顔を見て祈りました。父親失格だと思う地の文です。


「うるさいよ! 起きると、俺を見て泣くんだよ!」


 血の涙を流して地の文に切れる左京です。


 


 そんな事で、樹里達は無事に小学校に着きました。


「あら、杉下さん、しばらくですわね」


 久しぶりに登場のみのさんです。


「その省略の仕方はやめなさい!」


 某タレントと丸被りになる呼び方をした地の文に抗議する御法川みのりかわ文華あやかです。


「おはようございます、御法川会長」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。文華はフッと笑って、


「偶然ですわね。お子さんは今日がプールの日ですの?」


 しかし、その時すでに樹里達はプールへ向かって歩き出していました。


「人の話をお聞きなさいよ!」


 文華は鬼の形相で樹里を追いかけようとしましたが、


「ママ、待ってよ。水着が決まらないの」


 文華を小さくしたような女の子が引き止めました。


「何をしていますの、すず。決断力がない子は将来政治家の妻になれませんよ」


 意味不明な事を言って、自分の子を怯えさせる文華です。


 すずは瑠里と同じクラスで、文華と動揺、皆に嫌われています。


「違うわよ! クラスの人気者よ! 男子にモテモテよ!」


 地の文に切れるすずです。名前はエリカの方が似合っていると思う地の文です。


「さあ、行きますよ」


 文華は無理やりすずを引っ張ると、プールへ向かいました。


 


 瑠里と冴里はスクール水着に着替えてプールサイドに出ました。


 樹里は競泳用のネイビーブルーの水着に着替えて、その上にネイビーブルーのジャージ、下はターコイズブルーのパレオを巻いています。


 そのスタイルの良さに他の母親や女性の先生達は羨望と嫉妬の眼差しです。


 樹里はどの母親よりも若いので、余計です。


「一年生はこちらです」


 学年主任になった内村亜希子先生が言いました。


「バイバイ、おねえちゃん」


 冴里は名残惜しそうに瑠里と別れました。


「いいなあ、さーたんは。浅いプールで」


 泳ぎが得意ではない四年生の瑠里は口を尖らせました。


「瑠里」


 その途端、樹里が真顔全開になりました。


「はい!」


 すぐに直立不動で応じる瑠里です。


「この夏は、ママはずっとお休みですから、瑠里にたくさん泳ぎ方を教えられますよ」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 若干引きつり気味に応じる瑠里です。


 瑠里達は二十五メートルプールで泳ぎ方を教わります。


 体育の先生は若い女性の先生です。樹里と同じく、競泳用の水着を着ており、飛び込みも泳ぎも上手です。


「まずはクロールから覚えてみましょう」


 先生は手本でクロールをしてみせました。


 ほとんどの子はうまくできず、水しぶきばかり上げています。


「バタ足は膝を曲げずにももから動かすようにして」


 先生は熱心に指導しました。


 しばらくすると、先生の教え方がうまかったのか、ほとんどの子がバタ足を改善して、前へ進めるようになりました。


「では二人ずつ泳いでみましょう。行ける子は端から端まで泳ぎ切ってもいいですよ」


 上達が早い子は腕の使い方もマスターして、スイスイ泳ぎました。


 派手な水着の文華の子のすずも綺麗なフォームで泳ぎました。瑠里はうまく泳げず、水しぶきばかり上げています。


「あら、杉下さんのお子さんは溺れていますの?」


 文華が樹里に嫌味を言いました。


「そうなんですか?」


 でも樹里は笑顔全開で応じました。ムッとする文華です。


「るりちゃん、大丈夫?」


 クラスメートで瑠里のボーイフレンドの淳が声をかけました。


「うん、大丈夫」


 瑠里は淳にうまく泳げないのを見られたのが恥ずかしくて、赤くなりました。


「淳君、カナヅチの杉下さんなんかより、私と一緒に泳ぎましょうよ」


 すずが淳にすり寄りました。


「みのりかわさん、そんなことを言ったらダメだよ。るりちゃんがかわいそうだよ」


 淳が瑠里をかばったので、瑠里は感激しました。


(あっちゃん、かっこいい!)


 でも、武勇伝はありません。


「何よ、淳君なんか、きらいよ」


 すずはプイと顔を背けて離れました。その時でした。


 一人の男の子が見得を張って泳いでいましたが、足がつったのか、途中で溺れ出しました。


「あ!」


 先生がそれに気づき、助けに行こうとしましたが、それよりも早く、樹里がジャージとパレオを取って飛び込み、オリンピック選手並みの速さで男の子の所へ泳ぎ着きました。


「しっかり!」


 樹里は男の子を後ろから抱きかかけると、横泳ぎでプールの端まで泳ぎました。


「大丈夫?」


 のぼせたように顔が赤くなっている男の子を抱きかかえて、駆けつけた母親に渡しました。


 その子は瑠里のクラスメートの大島翔おおしましょうでした。


「小島だよ!」


 名前ボケをした地の文に切れる小島翔です。


「翔、しっかしして!」


 母親が声をかけると、


「あれ、杉下さんのお母さんは?」


 すぐに起き上がって周囲を見渡しました。


「バカ!」


 怒った母親が翔の頭を叩きました。


 樹里は先生達や翔の母親にお礼を言われました。


(杉下樹里、こんなところでも目立って! 許せませんわ!)


 また知らないうちに文華に逆恨みされる樹里です。


 困ったものだと思う地の文です。

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