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樹里ちゃん、夏季休暇をとる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 その五反田氏が夏季休暇をとる事になり、大学生の麻耶も試験が終了して夏休みに入ったので、家族で世界一周旅行へ出かける事になりました。


 改めて注記しますが、この世界は別の世界と考えていただきたいと思う地の文です。


「一ヶ月程、家を空ける事になるので、樹里さんも夏季休暇という形で休んで欲しい」


 五反田氏が言いました。もう一人のメイドの目黒弥生はこれを機に解雇になるようです。


「なりません! 私も夏季休暇よ!」


 血の涙を流して地の文に切れる弥生です。


「もちろん、有給休暇なので、安心して欲しい」


 五反田氏は、まるで樹里の不甲斐ない夫の杉下左京に教えるように言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 昭和眼鏡男と愉快な仲間達も、樹里から事前に聞かされていたので、当分の間、現れません。


 恐らくそのまま、降板になると思う地の文です。


「我らは降板はしませんよ!」


 どこかで叫んでいる眼鏡男達です。


「パパ、はやくして!」


 一人、保育所へ行かなければならない三女の乃里は、ご機嫌斜めで左京に言いました。


「わかったよお、乃里ィ」


 左京はデレデレして言いました。


 


 ママがずっと家にいるので、宿題がある長女の瑠里と次女の冴里は引きつり全開です。


「わからない事があれば、ママに訊いてくださいね」


 樹里は笑顔全開で釘を刺しました。


「そうなんですか」


 瑠里と冴里は引きつり全開のまま応じました。


「パパはお仕事だから、ママがお手伝いすれば?」


 何とか樹里を家から遠ざけようと考えた瑠里が言いました。


 でも、パパには仕事がないので、それは無理だと思う地の文です。


「かはあ……」


 図星をもろに突いたので、血反吐を吐いて悶絶する左京です。


「もちろん、お手伝いしますよ」


 樹里は笑顔全開で、全く悪気なく言いました。


「ううう……」


 樹里の悪意のない追い討ちに項垂れるしかない左京です。


 本当は弁護士の坂本龍子と不倫の予定がある左京は、樹里がずっと家にいるのは非常に都合が悪いのです。


「不倫なんかしてねえよ!」


 いつもの地の文のボケに全力で切れる左京です。


「樹里、悪いんだけど、手伝ってもらう事がないんだ。たまにはゆっくりしてくれ」


 左京は樹里を気遣うふりをしました。


「ふりじゃねえし!」


 更に地の文に切れる左京です。


「では、お掃除をしますね」


 樹里は笑顔全開で告げると、探偵事務所へ行きました。


「わあっと!」


 左京が全速力で樹里を追い抜き、先に事務所に入りました。


(やばい。この前の浮気調査で、ラブホテルに入って浮気の証拠写真を撮ったのを印刷してそのままにしてあるんだ!)


 左京は大慌てで写真をまとめると、自分の机の引き出しに押し込みました。


「どうしたのですか、左京さん?」


 後から入ってきた樹里が笑顔全開で小首を傾げながら尋ねました。


「いや、別に何でもないよ」


 そう言いながら樹里を見ると、その足元に写真が一枚落ちているのに気づきました。


 しかも、ラブホテルに入る前に路チュウをしている嫌らしさ満点の写真です。


「樹里はいつまでも若いなあ。綺麗だよ」


 浮気をしている夫が言いそうな事を並べ立てて、左京は樹里に近づきました。


「ありがとうございます」


 素直な樹里は頭を下げてお礼を言いました。その時、足元の写真に気づいてしまいました。


「あ!」


 左京が辿り着くよりも早く、樹里がそれを拾いました。


「これは……」


 左京は慌てふためいて、何を言おうか迷いました。


「浮気調査の写真ですね」


 樹里があっさり言ったので、


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で応じました。


「どこに片づければいいですか?」


 樹里が尋ねると、


「ああ、俺がしまっとくから、樹里は床掃除でもしてくれないか」


 左京は写真を受け取りながら言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 樹里が給湯室の奥にある掃除用具のロッカーに行くと、ドアフォンが鳴りました。


 左京がドアを開きました。


「左京さん、ケーキを買ってきました。一緒に食べましょう……」


 嬉しそうに入ってきた龍子は、給湯室からモップを持って出てきた樹里を見て凍りつきました。


 左京もこの現実を受け入れられず、固まっています。


「おはようございます、龍子さん」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。


「お、おはようございます、樹里さん」


 龍子は必死になって冷静になろうと自分に言い聞かせました。


「ケーキを買ってきました。ご一緒にいかかですか?」


 龍子は顔を引きつらせて言いました。


「ありがとうございます」


 樹里は龍子からケーキの箱を受け取ると、給湯室へ戻って行きました。


「ごめんなさい、左京さん。樹里さん、お休みなんですか?」


 龍子が小声で尋ねました。左京は顔を引きつらせたままで、


「ええ。一ヶ月の夏季休暇なんです」


 龍子は目を見開きました。不倫はしばらくお預けねと思う龍子です。


「思ってません!」


 顔を赤らめて地の文に切れる龍子です。


「じゃあ、ケーキはお二人で食べてください。失礼します」


 龍子は左京が止める間もなく、事務所を出て行ってしまいました。


(いなくなったら、余計変に思われるだろ……)


 左京が項垂れていると、


「龍子さんはどうされたのですか?」

 

 ケーキを皿に取り分けてトレイで持ってきた樹里が言いました。


「帰ったよ」


 左京は苦笑いして言いました。


「そうなんですか?」


 樹里は小首を傾げました。


「あ」


 左京はどうして龍子が帰ったのか、わかりました。ケーキは二つしかなかったのです。


「龍子さんは私がいると思わなかったので、二つ買われたみたいです。私は遠慮するつもりでしたが、龍子さはお帰りになったのですか」


 樹里は残念そうです。


「俺と樹里に食べてくれって言って帰ったんだよ」


 左京が言うと、


「龍子さんに申し訳ない事をしました。謝らなければなりません」


 樹里はスマホを取り出して、龍子にかけました。


「出ないですね」


 樹里は困り顔で言いました。


(そりゃ、怖くて出られないだろ)


 左京は龍子の心中を察して思いました。

 

 


 めでたし、めでたし。

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