御徒町樹里ちゃんがゆく

探偵編

樹里ちゃん、水無月皐月と再会する

　御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。

　今日も樹里は笑顔全開で出勤します。

「ママ、行ってらっしゃい」

　長女の瑠里が言いました。

「ママ、いってらっしゃい」

　次女の冴里と三女の乃里が言いました。

「行ってらっしゃい」

　不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。

「行って参ります」

　樹里は笑顔全開で応じました。

「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」

　しばらくぶりに普通の登場をした昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。

「おはようございます。いつもありがとうございます」

　樹里が笑顔全開でお礼を言ったので、眼鏡男達は歓喜の涙を流しました。

（ああ、樹里様に優しい言葉をかけていただくだけで、我らは本望なのだ）

　交通費すら出ないボランティアを長年続けている眼鏡男達ですが、収入が不明なので、国税局に密告しようと思う地の文です。

「我らには疚《やま》しい事はありません！」

　それにしては、酷く怯えた様子の眼鏡男達です。

「はっ！」

　我に返ると、樹里は一人で萌里を乗せたベビーカーを押してＪＲ水道橋駅へと歩いていました。

　瑠里と冴里は集団登校で小学校を目指し、左京は乃里と手を繋いで保育所へ向かっていました。

「樹里様、お待ちください！」

　涙を拭いながら、樹里を追いかける眼鏡男達です。

「ワンワン！」

　ゴールデンレトリバーのルーサが、

「相変わらずバカだな」

　そう言っているかのように吠えました。

　樹里は何事もなく五反田邸に着きました。

「樹里さーん！」

　そこへあまり役に立たないもう一人のメイドの目黒弥生が走ってきました。

「やめて！」

　心ない一言を言った地の文に涙ぐんで切れる弥生です。

「樹里さん、今日は水無月皐月先生がいらしています」

　苦笑いをして告げる弥生です。

「そうなんですか」

　樹里は笑顔全開で応じました。

　水無月皐月とは一体誰だろうと思う地の文です。

「以前、有栖川倫子だったのよ！　忘れないで！」

　邸の応接間で地の文に切れる皐月です。

　樹里は萌里に授乳をすませてからメイド服に着替え、応接間に行きました。

「お久しぶりです、水無月さん」

　樹里が笑顔全開で言うと、

「実は、霜月皐月になりました」

　顔を赤らめて言う皐月です。また改名したという事は、悪事に手を染めるのですね？

「違います！　翔《かける》と結婚したのよ！」

　個人的な事情で地の文に切れる皐月です。翔とは誰でしょう？　また新しい男ができたのでしょうか？

「他人《ひと》聞きの悪い事を言わないで！　幼馴染の霜月翔よ！」

　そうだったのですね。成程、そのお腹は、幸せ太りですか？

「それも違う！　妊娠したのよ！」

　更に地の文に切れる皐月です。

「おめでとうございます、皐月さん」

　樹里は笑顔全開で言いました。

「ありがとうございます」

　苦笑いして応じる皐月です。

　四十路で出産だと、心配ですね。

「まだ四十路じゃないわよ！」

　年齢をミスった地の文に激ギレする皐月です。

「私、三十代後半で初産《ういざん》なので、樹里さんにいろいろお話を伺えればと思って」

　皐月が言うと、

「今は四十代で初産の方も増えていますよ。出産は未だに命の危険が伴う事ですが、皐月さんはお身体が丈夫ですから、それ程ご心配されなくてもいいのではないかと思います」

　樹里は笑顔全開で出産のベテランとしてのアドバイスをしました。

「樹里さんにそう言ってもらえると、安心です」

　皐月は微笑んで応じました。そして、

「目黒さんにクリニックを紹介してもらったのですが、そこはセレブ御用達の高級なところだったので、樹里さんに教えて欲しいと思って、お待ちしていたんです」

　弥生を一睨みしてから言いました。

「そうなんですか」

　樹里は笑顔全開で応じましたが、弥生は引きつり全開です。

「私がお世話になっているところは、ここですよ」

　樹里はポケットから名刺入れを出して、そこから産院の名刺を出しました。

「ありがとうございます。スマホで撮りますね」

　皐月がバッグからスマホを取り出そうとすると、

「差し上げます」

　樹里は笑顔全開で言いました。

「ありがとうございます」

　皐月は名刺をバッグに入れました。

「妊娠中の不安とか気をつけることとか、目黒さんに訊いたのですが、どうも要領を得なくて。樹里さん、教えてもらえますか？」

　また皐月は弥生を一睨みしてから言いました。

　苦笑いする弥生です。

「いいですよ」

　樹里は笑顔全開で応じて、皐月にアドバイスをしました。

「参考になりました。忙しいのにありがとうございました」

　皐月は頭を下げてお礼を言いました。

「出産する女性は孤独になってしまう事が多いのです。身近に出産経験者がいなかったり、適切なアドバイスをできる人がいなかったりして、一人で悩んでしまったりする人がいるのです。いつでも声をかけてください」

　樹里は悪気なく言いました。

（私の事を言ってるんじゃないよね？）

　皐月にまた睨まれたので、自責の念にかられてしまう弥生です。

「今度は翔さんと一緒に来てください。その方がもっとたくさんお話をできると思います」

　樹里が言いました。すると皐月は涙ぐんで、

「そうですね。翔にもわかってもらえた方がいいですよね。そうします」

「そうしてください」

　樹里は笑顔全開で応じました。そして、

「長月先生もいらっしゃるのですから、お気軽にいらしてくださいね」

「はい」

　皐月は何度もお礼を言って、帰って行きました。

「さすが樹里さんですね。私にはできません」

　無責任な弥生が言いました。

「うるさいわね！」

　正しい事を言ったはずの地の文に切れる弥生です。

「樹里さん」

　すると、住み込み医師の長月葉月が部屋から顔を出して手招きました。

「どうされましたか？」

　樹里が笑顔全開で葉月に近づきました。

「私、医師の免許は持っていますが、自分の事となると、不安になってしまうんです。その時は、助けてくださいね」

　葉月は小声で言いました。

「もちろんですよ」

　樹里は笑顔全開で応じました。

　皐月も葉月も、樹里より弥生の方が付き合いが長いのに、全く弥生に頼るつもりがないのは、多分そういう事なのだろうと察する地の文です。

「余計なお世話よ！」

　泣きながら地の文に切れる弥生です。

　めでたし、めでたし。