樹里ちゃん、左京に説教をするその二
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「それでその後はどうなの?」
弁護士の勝美加は探偵の隅田川美波に言いました。
「沖田総子は左京さんの家でやらかしたようです」
美波は分厚い報告書を美加に手渡しました。ページいくらで報酬が決まるので、緻密に文章を増やし、水増ししまくったものなのは内緒です。
「内緒にしなさい!」
口が軽い地の文に切れる美波です。
「そうなの」
美加は報告書をパラパラと見ながら応じました。
「沖田総子と左京さんには何もありません。それだけは断言できます」
美波は美加が報告書に集中できないように話しかけました。
「何故そう言い切れるの?」
美加は美波の策略にはまり、顔を上げました。
「沖田総子は超がつく程の奥手です。左京さんが手を出さない限り、二人が男女の関係になる事はあり得ません」
美波は顔を赤らめながら言いました。
「不謹慎よ、鏑川さん」
美加も顔を赤らめて言いました。
「それはG県を流れる利根川水系の一級河川です。私は隅田川です」
関東近県の一級河川の名前は悉く記憶している美波が訂正しました。
「沖田総子の監視はこれからも続けてください。報酬ははずみます」
美加は報告書を机の一番上の引き出しにしまって言いました。
「承知しました」
ぼろ儲けが続けられると思った美波はにっこり笑って応じました。
左京の方が格安で依頼を引き受けるので、早速美加に教えようと思う地の文です。
「ダメ、絶対!」
涙目で地の文に抗議する美波です。可愛いので言う通りにしようと思う地の文です。
(結局、総子が左京さんのお宅で何をしてしまったのかはわからないまま。総子を押さえつけるためにも聞き出したい)
事務所の机に頬杖を突いて悪巧みをする坂本龍子弁護士です。
「やめて!」
事実をありのままに表現したはずの地の文に理不尽に切れる龍子です。
(左京さんが間違いを犯すとしたら、可能性が一番高いのは総子だわ。真琴も美加も隅田川さんも左京さんの眼中にはない。左京さんは樹里さんに一番近い雰囲気の総子を良いと思い始めている)
龍子は途方もないヘボ推理を展開していました。
総子を押さえつける事ができても、貴女と左京がいい関係になるとは限りませんよ。
「うるさいわね!」
一番指摘されたくない事を平然と告げた地の文にまた切れる龍子です。
(緊張するなあ)
総子がリヴィングルームでクダを巻いてから初めての会計監査の日が来て、総子が事務所を訪れています。
その事実を知らない総子は相変わらずの無防備状態で、胸を机にどんと載せて書類を監査しています。
左京は総子が酔うと積極的になるのを見てしまったので、今日は何とか酒を飲ませて深い仲になろうと思っていました。
「思ってねえよ!」
真実に近い事を述べたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「ふう」
集中し過ぎたせいで、暑くなってきた総子はジャケットを脱いで、椅子の背もたれにかけました。
(わわ)
左京は思わず視線をそらしました。汗ばんだ白のシャツのせいで、総子の下着が透けて見えているのです。
(ホントに無意識なのかな?)
左京はつい勘ぐってしまいました。そして、
「沖田先生、暑いですか? 何か冷たい飲み物でもお出ししましょうか?」
すると総子はあからさまにビクッとして、
「いえ、大丈夫です。水分補給はしてきましたから」
チラッと左京を見て言いました。
「そうなんですか」
左京は樹里の口癖で応じるしかありません。
(でも、顔は赤いし、汗がすごいんだけど)
左京は総子の体調を心配しました。熱を確かめるためにおでこをくっつけたいと思っています。
「思ってねえよ!」
深層心理を見抜いた地の文に切れる左京です。
「え?」
総子を見ると、机に突っ伏していました。
「沖田先生、大丈夫ですか?」
左京は慌てて総子に近づきました。
「だ、大丈夫です。お気になさらず……」
総子は荒い息をしながら顔を上げると、椅子から転がり落ちそうになりました。
「危ない!」
左京は総子を抱きとめました。その時、しっかり胸を握りしめてしまいました。
「あわわ……」
左京は総子を抱き上げると、ソファに寝かせました。
「救急車を!」
すぐに固定電話から119をダイヤルしました。
「救急車をお願います! こちらは文京区水道橋の……」
救急車は五分と経たずに到着しました。
「恐らく脱水症と思われます」
救急隊員はテキパキと担架に総子を乗せると、すぐに病院へと向かいました。
「よかった……」
左京は龍子に連絡しました。龍子も五分と経たずに現れました。またどこかで見張っていたようです。
「申し訳ありません!」
龍子は入ってくるなり深々と頭を下げました。
「いや、申し訳ないのは俺の方です」
左京は龍子を宥めて、搬送先の病院を教えました。
「すぐに行ってみます」
龍子は涙ぐみながら事務所を出て行きました。
左京は次に樹里へ連絡をしました。
「そうなんですか」
樹里はいつものように応じましたが、
「すぐに仕事を切り上げて帰宅します」
左京は樹里が戻ってくるので、ちょっと驚いてしまいました。
(そんな一大事でもないと思うんだが)
ドキドキしてしまう左京です。
樹里が帰宅したのはそれから三十分後でした。
「旦那様がお車を出してくださいました」
樹里は笑顔全開で言いましたが、左京は引きつり全開です。
(五反田さんにまで知られたのか?)
嫌な汗が背中を幾筋も伝うのがわかる左京です。
「左京さん、お話があります」
樹里が真顔で告げたので、
「はい」
左京は心臓が止まりそうになりながらも、リヴィングルームのソファに座りました。
「若い女性は男の人と二人きりの状態で、水分補給を勧められても、その後にお手洗いをお借りする場合を想定して、遠慮する方がいらっしゃいます。すでに真夏日に幾日か到達しているので、もう少し気をつけてください」
「はい……」
左京は消えてなくなりたい心境でした。本当に消えてくれないかなと思う地の文です。
「勘弁してください」
樹里の前なので、地の文に強く切れられない左京です。
「遠慮なさっても、もう一度勧めてください。そして、室温管理にも気を配ってください。場合によっては、事務所を出て、こちらで待機するのも一案でしょう」
樹里に次々に指摘されて、左京は自分の至らなさを痛感しました。
めでたし、めでたし。




