樹里ちゃん、左京と婚前旅行にゆくPART2
御徒町樹里は探偵事務所に勤めているメイドです。
最近、姉の璃里と母親の由里が居酒屋勤務をこなし、樹里は喫茶店と新聞配達もこなしています。
稼ぎの少ない男と婚約した彼女は哀れでした。
「何だか、悪口を言われた気がする」
東京の五反田駅前で探偵事務所を開業している元警視庁の警部である杉下左京は、ムスッとして布団から出ました。
彼は昨日、婚約者の樹里と群馬県の大利根郡に来ました。
本当は職場の旅行だったのですが、もう一人の所員の宮部ありさがドタキャンしたのです。
ありさが来るはずだったので、旅館の予約は二人部屋一つと一人部屋一つでした。
彼女が来ない事がわかり、キャンセルの電話をしたら、
「当日の場合はキャンセル料は宿泊料の百パーセント頂きます」
と言われました。
「だったらそのままで!」
結局左京は、樹里と別々の部屋に泊まったのです。
「私は左京さんと一緒で構いませんよ」
樹里は笑顔全開で言いましたが、
「いや、一人部屋をキャンセルしても、宿泊料が変わらないのだから、もったいないよ」
左京は血の涙を心の中で流し、樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里が寂しそうに見えたのは、左京のいかがわしい邪な心のせいでしょうか?
「誰がいかがわしい邪な心だ!?」
左京が地の文に突っ込みます。そろそろこの方式も呆れられる頃です。
(しかし、樹里と二人で旅行に来たのに、別々の部屋なんてなあ……)
邪さを否定し切れない左京です。
朝食は樹里の部屋で一緒です。左京はスキップして彼女の部屋に行きました。
「あれ?」
樹里は部屋にいませんでした。食事の用意はまだのようです。
「どこへ行ったんだろう?」
その時、ふと左京の頭にある事が浮かびました。
(ここは源泉かけ流しの温泉宿だ。しかも、大浴場は二十四時間入浴可能。もしかして、樹里は朝風呂か?)
そしてもう一つ思い出します。
(大浴場は、こ、こ、こ、混浴!)
すでに鼻血がでそうな左京です。
(いかん! そんな事考えたらいかん!)
必死で頭から妄想を追い出しながらも、悲しい男のサガには勝てず、左京は大浴場に行ってしまいました。
「はあ」
彼は湯船に浸かりながら、自分の邪さに溜息を吐きました。
更に残念な事に、お風呂には樹里はおろか、誰もいませんでした。
(ホッとしたような、寂しいような……)
左京は身体を洗おうと湯船から立ち上がりました。
カコーン。
その時、女性用の脱衣所から人影が近づいて来ました。
「い!」
左京は慌てて湯船に身を沈めます。
(お、女? まさか、樹里?)
心臓がハツカネズミ並みのスピードでビートを刻みます。
(死ぬ……。このままだと、死ぬ……)
左京は上せてしまいそうです。
女性は左京がいる事を知らないのか、それとも何とも思っていないのか、かかり湯をすると、湯船に入りました。
「……」
左京は女性に背を向け、ゆっくりと離れます。
気のせいか、女性が距離を詰めて来る感じです。
(ウソだろ?)
左京は怖くなりました。
(おかしな女だったら、どうしよう?)
「わーい、混浴ゥッ!」
聞いた事がある声がしました。
「え?」
ムニュウッと何かが背中に押し付けられます。
「左京と混浴、嬉しいなあ!」
それはありさでした。ある意味確かに「おかしな女」です。左京は混乱しながらも、
「あ、ありさ、お前、来られないんじゃなかったのかよ!?」
「合コンがあったんだけどォ、早めに終わったから、来ちゃった!」
ありさが左京に背中から抱きつきます。
「って、ありさ、お前何してるんだ!?」
左京はそのまま鼻血を吹き出してお湯の中に沈んでしまいました。
「ああん、左京、しっかりして!」
ありさが叫びました。
一方樹里は、左京が部屋に来た時はすでに朝食を済ませた後で、今はロビーのソファに座っています。
左京の朝食は左京の部屋に運ばれたのです。左京とは入れ違いでした。
それを知らない樹里は朝食をすませてしまったのです。
左京の部屋には、誰も食べないかも知れない朝食が用意されていました。
「左京さん、遅いですね」
樹里はニコニコしたまま、現在湯船に沈んでいる左京を待っていました。
めでたし、めでたし。