樹里ちゃん、左京が追い詰められているのを知る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里は小学校の保護者会会長である御法川文華の企みで、不甲斐ない夫の杉下左京と不倫をされました。
「していません!」
「してねえよ!」
それぞれ別々に地の文に切れる文華と左京です。
左京はその狭い心のせいで、樹里が文華の夫の源四郎と仲良くしていると思い、嫉妬しました。
「ううう……」
その通りなので、ぐうの音も出ない左京です。
しかし、源四郎が、樹里がキャバクラに勤めていた時の常連客だったのを知り、ホッとしました。
(樹里が不倫や浮気をする事なんかあり得ないんだ)
左京は自分の疑い深さを反省しました。
考えようによっては、稼ぎの悪い夫よりも、足繁く店に通って、ドンペリを入れてくれる太客の方がずっといいと思う地の文です。
「やめろ!」
金銭の問題を持ち出されると、圧倒的に不利な事を自覚している左京が涙目で地の文に切れました。
(もっと頑張ろう)
左京は一度頼まれた依頼人の家を虱潰しに回る事にしました。
(最近、龍子さんが仕事を回してくれなくなった)
左京は元不倫相手の坂本龍子弁護士に会えないのを寂しがっていました。
「元不倫相手でも今の不倫相手でもねえし、寂しがってもいねえよ!」
次々に嘘八百を並べ立てる地の文に血の涙を流して切れる左京です。
その龍子は悩んでいました。
(あれから、総子は左京さんに会っていない。仕事の時も短時間で帰っている。それなのに私は総子に嫉妬していて、左京さんと顔を合わせると当たり散らしてしまいそうで怖い)
それもこれも、一時は育った胸が急速に後退してしまったせいです。
「後退はしていません!」
自分の胸は以前より大きくなり、満足していたはずなのに、総子の登場により、また貧相に見えてきているのです。
(しかも総子は樹里さんと同じく、天然キャラ。私にはない能力がある)
龍子は巨乳に自覚症状がない総子は無敵だと思っています。
「どうしたの、龍子? 最近、元気ないね?」
しばらくぶりに事務所に遊びに来てくれた親友の斎藤真琴が言いました。
「そうかな?」
龍子は苦笑いして応じました。真琴はジッと龍子を見て、
「もしかして、総子ちゃんを左京さんに紹介した事を悔やんでいるの?」
ズバリ核心に迫ってきました。龍子はビクッとして、
「そ、そんな訳ないでしょ!」
上ずった声で言いました。真琴はニヤリとして、
「図星ね? あんた、どういうつもりなの? これ以上、恋のライバルを増やしてどうするのさ?」
「恋のライバルって、左京さんには樹里さんがいるから、恋になんかならないよ」
龍子は顔を赤らめて反論しました。真琴は半目になり、
「どうだか。そういえば、美加も美波ちゃんに頼んで、総子ちゃんの事を調べさせているみたいよ」
「ええ!?」
龍子は仰天しました。もう一人の親友の弁護士の勝美加まで動いているとなると、ますます混乱必至だからです。
しかも、私立探偵の隅田川美波も左京を狙っている節があるので、要注意なのです。
「まあ、集団で空回りなのは確かだけどね。私も含めて誰一人、樹里さんには敵わないから」
真琴が自嘲気味に言いました。
「そうよね……」
龍子はガックリと項垂れて、机に突っ伏しました。
「でもね、私や真琴、美加や美波さんにはないものを、総子は持っているのよ」
不意に顔を上げて、龍子が言いました。
「何?」
真琴はキョトンとしました。龍子は溜息を吐いて、
「無意識の可愛さよ」
「ああ……」
真琴は大きく頷き、
「確かにね。あれは強烈な強みだわ」
「でしょ?」
龍子はまたがっくりと項垂れました。
その日、総子は左京の事務所に監査に来ていました。
「あの、暑いですか?」
左京が言いました。
「え? どうしてですか?」
上着を脱いで、白の半袖のブラウスになった総子が首を傾げました。
(やばい、可愛い)
その仕草にドキッとしてしまう左京です。
(しかも、また無意識なんだろうけど、机に載せてる)
左京は総子がその巨乳を机で休ませているように思えてしまいました。
「冷たいものでも飲みますか?」
左京は苦笑いして言いました。
「いえ、お気遣いなく。すぐに終わりますから」
総子は総子で、長居をするとまた左京にドキドキしてしまうので、そうならないために急いでいます。ですから、水分は補給したくないのです。
それから、水分を補給し過ぎると、トイレに行きたくなります。総子は左京と二人きりの状態で、
「お手洗いをお借りできますか?」
そんな事は決して訊けないのです。
「そうですか」
左京は無理強いは良くないと思い、それ以上勧めませんでした。
そして、夜になり、樹里が帰宅しました。
「只今帰りました」
樹里が笑顔全開で眠ってしまった四女の萌里を抱いて言いました。
「お帰り、樹里」
左京が青白い顔で玄関に来ました。
「左京さん、具合が悪いのですか?」
樹里が尋ねました。
「そうかも知れない。龍子さんが仕事を回してくれなくなったせいと、沖田先生が無頓着過ぎるせいかも」
左京はヘロヘロな状態で言いました。
「そうなんですか?」
樹里は小首を傾げて応じました。
(ああ、樹里、可愛い! 癒される)
ニンマリする変態左京です。
「変態じゃねえよ……」
いつものキレの十分の一くらいで地の文に切れる左京です。
「左京さん、もっと楽になりましょう」
樹里は全然他意なくそう言いました。
「そうなんですか」
それを曲解してしまった左京は引きつり全開で応じました。
めでたし、めでたし。




