樹里ちゃん、左京の事務所の効率化に喜ぶ
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
不甲斐ない夫の杉下左京は、新しい不倫相手である税理士の沖田総子との再会を心待ちにしていました。
「不倫相手じゃねえし、心待ちにもしてねえよ!」
正確な情報に基づいて話を進めている地の文に切れる左京です。
(今日から毎日来るのか……)
探偵事務所の事務の効率化を図るため、総子が臨時的に事務を肩代わりすることになり、今日から出勤する事になっているのです。
(憂鬱だなあ……。沖田さんて、寡黙な人だから、間が持たないんだよなあ)
左京は総子があまり話してくれないので、どうしたらいいのかわからず、樹里に相談しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じて、
「左京さんから積極的に話しかけてみてはどうですか?」
隠れ巨乳の上、新鋭女優に似ている総子など相手ではないとばかりの助言をしてきました。
(樹里は全然、沖田さんが脅威ではないのか?)
左京は樹里のあまりにも気にしない性格に驚きました。
(まあ、どう比べても、樹里の方が可愛いからな)
左京は早速気持ち悪い妄想を始めました。
「気持ち悪くはねえよ! 自分の妻を褒めるのは、むしろいい事だろ!」
理不尽に地の文に切れる左京です。
左京は樹里と長女の瑠里を送り出し、次女の冴里と三女の乃里を保育所まで送ると、ゴールデンレトリバーのルーサの散歩をこなして、事務所へ行きました。
すると次の瞬間、ドアフォンが鳴りました。
(早いな)
総子がもう来たと思い、ドアを開けると、
「おはようございます」
お邪魔虫の坂本龍子弁護士がいました。
「誰がお邪魔虫よ!」
地の文の的確な表現に切れる龍子です。
「おはようございます、龍子さん。依頼の件ですか?」
左京は悪気なく尋ねました。
「違います! 後輩が今日からお世話になるので、挨拶に来たんです!」
鈍感な元不倫相手に切れる龍子です。
「元不倫相手じゃねえよ!」
地の文に切れる左京ですが、龍子は赤面するだけで何も言いません。
では、今でも不倫相手ですか?
「そういう意味じゃねえよ!」
更に切れる左京ですが、龍子はますます顔を赤くするだけで何も言いません。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。おかけください」
左京は龍子をソファに誘導しました。その時、またドアフォンが鳴りました。
「お待ちしてました」
左京はドアを開くと総子が立っていたので、にこやかに言いました。それに気づいた龍子がムッとしますが、何も言いません。
「遅くなりました」
総子は大きめの鞄を抱えるようにして頭を下げました。
「いえ、時間通りですよ。どうぞお入りください」
総子は中に通されて、そこで初めて龍子がいることに気づき、ビクッとしました。
(そのリアクション、何よ!)
またムッとしてしまう龍子ですが、作り笑顔で立ち上がり、
「ちょっと心配になって来たの。迷惑だった?」
有無を言わせない圧をかけながら言いました。
「いえ、別に」
総子は若干顔を引きつらせて応じました。
その頃、樹里はもういてもいなくても関係ないメイドの目黒弥生と庭掃除をしていました。
「やめて!」
血の涙を流しながら地の文に懇願する弥生です。
先日、ズル休みをしたので、敏感になっているのです。
「ズル休みじゃないわよ! 小学校に行っていたのよ!」
地の文に切れる弥生です。頭が悪過ぎるので、やり直しですか?
「違うわよ! 颯太が四月から小学校に入学するので、その説明会があったのよ!」
人間で言うと、何歳になったのですか?
「颯太は人間よ! あんたが言いたいのはレッサーパンダの風太でしょ!」
話を先取りして地の文に切れる弥生です。
「はっ!」
我に返ると、樹里はすでに庭掃除を終えて、邸に戻っていました。
「樹里さん、申し訳ありません! 仕事、きっちりこなしますからあ!」
泣きながら追いかける弥生です。
午前中は総子がパソコンの立ち上げと会計ソフトのインストールをして初期設定を終えたところで終了しました。
「では、お昼に行って来ます」
龍子は総子を引きずるようにして、事務所を出て行きました。
「出前を頼もうと思っていたのに」
左京は残念そうなふりをしました。
「残念だったんだよ! 沖田先生と話すチャンスだったんだよ!」
左京は結局龍子を捨てて、総子と不倫する事に決めたようです。
「違う! 断じて違う!」
久しぶりに某進君の真似をして切れる左京です。
午前中は、総子がパソコンに掛り切りだったので、龍子がここぞとばかりに左京に接近して話していたのです。
総子は時々それを横目で見ていましたが、何も言いませんでした。
(やっぱり、申し訳ないんだけど、龍子さん、邪魔なんだよなあ)
龍子がいなければいいのにと思う左京です。早速、龍子に知らせようと思う地の文です。
「勘弁してください」
告げ口名人の地の文に土下座をして懇願する左京です。
左京の願いも虚しく、午後も龍子は現れ、ずっといました。
左京は龍子の接近に戸惑っていましたが、総子は吹っ切れたのか、スピードアップして作業をこなし、午後三時には入力が完了し、龍子のパソコンともやり取りができるようになりました。
「これで、先輩も依頼のたびに杉下先生のところに来る必要はなくなります」
総子は悪気なく言ったのですが、
「ああそう」
龍子はそれを捻じ曲げて解釈して、ムッとしました。
「それから、会計ソフトも私の事務所のパソコンと繋がるので、毎月の監査もオンラインでできるようになります。私もここへ来る必要がなくなります」
総子のその言葉に龍子はホッとしました。
「請求書と契約書も入力すればプリントアウトもできますし、クライアントとオンラインでのやり取りもできます」
総子の説明の半分も理解できていない左京です。
「ううう……」
図星なので地の文に切れる事ができない左京です。
「予定より早く仕事ができたので、今日はこれで失礼します。これから一週間程、入力の指導に来ますね」
その日、ようやく総子が笑顔を見せたので、左京は、
「お疲れ様でした、沖田先生」
嬉しくなって握手をしてしまいました。
「きゃっ!」
総子は思わず手を引っ込めました。
「あ」
左京もセクハラだと気づき、焦りました。
「すみません、失礼でしたね」
左京は俯いてしまった総子に頭を下げました。
「いえ、私こそ失礼しました」
総子は赤くなった顔を上げて言いました。そのせいで面白くない龍子です。
(可愛いな、沖田先生)
左京は早速エロモードになりました。
「そういう意味じゃねえよ!」
地の文に切れる左京です。
「奥様にもパソコンをお渡ししてありますので、内容を今確認していただいています」
総子が衝撃的な発言をしました。
「そうなんですか」
左京は樹里の口癖で応じました。
「そのパソコンで、奥様とお話ができますよ」
総子が言いました。左京はビクッとして、自分のパソコンを見ました。すると、画面に笑顔全開の樹里が映っています。
「左京さん、お疲れ様でした。沖田先生、ありがとうございました」
樹里が言ったので、
「龍子さんも来てくれたんだよ」
左京は慌ててパソコンを龍子に向けました。
「あ、あの、お邪魔しています」
バツが悪くなった龍子は苦笑いして言いました。結局お邪魔虫なのを自分で認めましたね。
「違うわよ!」
最後に地の文に切れる龍子です。
めでたし、めでたし。




