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樹里ちゃん、沖田総子に左京の指導をお願いする

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 弁護士の坂本龍子が、元不倫相手の杉下左京を助けるために大学の後輩の沖田総子おきたふさこを連れてきました。


「元不倫相手じゃねえよ!」


 どこかで地の文に切れる左京ですが、龍子は俯いて何も言いません。


 総子は優秀な税理士なのですが、そのおとなしい性格が災いして、顧客が少なく、仕事がうまくいないようです。


 龍子は、左京と総子を会わせれば、左京は税務の作業が楽になり、総子も顧客が増え、自分は左京と頻繁に会う口実ができると考えたのです。


「そんな事、考えてません!」


 地の文の名推理に抗議する龍子です。


 いずれにしても、総子が仕事のできる税理士なのがわかった左京は、すぐに総子と顧問契約をし、毎月来てもらう事にしました。


 また新たな不倫相手が登場したと思う地の文です。


「違う!」


 左京は地の文に激ギレしましたが、龍子は総子が実は巨乳で眼鏡を取ると若手人気女優にそっくりなのを知っているので、心配になりました。


「し、心配なんかしていません!」


 深層心理をズバリと見抜いた地の文に狼狽うろたえながら切れる龍子です。


(でも、左京さんが総子を襲うかも知れないから、当日は顔を出そう。そうよ、そうしなければダメ)


 龍子は自分に言い訳しながら、総子が杉下左京探偵事務所を訪れる日に偶然を装って行く事にしました。


 待ちぶせですね?


「誰が石川ひ○みだ!」


 地の文に切れる龍子です。


 


 そして、総子が樹里の家に来る日になりました。


 樹里はいつものように笑顔全開で出勤します。


「樹里、税理士さんが来るから、今日は休んでくれないか?」


 左京が懇願しましたが、


「今日は弥生さんがお休みなので、休めません」


 笑顔全開で拒否されました。


「そうなんですか」


 左京は樹里の口癖で応じるしかありませんでした。


 そして、今日に限って休んだ目黒弥生を恨みました。


「いってきます!」


 長女の瑠里が小学校へ出かけました。もうすぐ四年生になる瑠里は、クラスでモテモテらしいのを知った左京はいてもたってもいられない程です。


「パパ、わたしはあっちゃんだけがすきだから」


 意味深な言葉を残し、瑠里は出かけました。


「瑠里……」


 左京は涙ぐみました。


「パパ、はやくしないといっちゃうよ!」


 次女の冴里と三女の乃里が仁王立ちで言いました。


「わかったよお、冴里、乃里」


 左京はデレデレして言いました。


「ワンワン!」


 ゴールデンレトリバーのルーサが、


「相変わらずバカだな!」


 そう言っているかのように吠えました。


 左京はルーサの散歩をすませ、朝食の後片付けを終えると、渡り廊下を通って事務所へ行きました。


(何かドキドキするな)


 今まで関わりがあった女性達は、どちらかというと押しが強いタイプが多かったので、総子のようなおとなしいタイプはちょっと苦手な左京です。


(沖田さんは樹里とも違って、寡黙だからなあ。沈黙が怖い俺としては、どうしていいかわからなくなりそうだ)


 会話の間を埋めるためにはキスでもするか。左京はそう思いました。


「思ってねえよ!」


 いきなりのセクハラ妄想をした地の文に切れる左京です。その時、ドアフォンが鳴りました。


(来た!)


 左京は慌てて玄関のドアに近づき、開けました。


「お待ちしていました」


 愛想よく言うと、そこには総子だけではなく、龍子も立っていました。


(よかった、龍子さんが来てくれた!)


 いつもなら迷惑な龍子の存在が今日に限っては「地獄にホットケーキ(by西園寺伝助)」状態です。


「おはようございます、税理士の沖田です」


 か細い声で総子が言いました。


「そこで偶然会ったんです」


 龍子は顔を赤らめて言い訳気味に話しました。


「いやあ、龍子さん、よく来てくれました。ありがとう」


 左京が嬉しそうに迎えてくれたので、龍子は面食らいました。


(え? 私、初めて歓迎されてる?)


 少し涙が出そうになる龍子です。


 


「樹里さん、今日は一人で大変ですね」


 住み込み医師の長月葉月が玄関で言いました。


「そうなんですか? 大丈夫ですよ」


 樹里は眠っている四女の萌里をベビースリングから下ろしながら言いました。


「そ、そうですか」


 葉月は、弥生が休むといよいよその存在が不要だと五反田氏に思われるのではないかと心配しました。


 


 その頃、左京はヘトヘトになっていました。


 総子が見た契約書や領収書綴り、請求書、出納帳は付箋紙が貼りまくられ、


「これなのですが……」


 先程とは別人と思えるくらいの声量と速さで話す総子に圧倒されていました。


「こことこことここを訂正してください。それから、請求書の合計額が間違っています。領収書は後から確認がし易いように貼付してください。それから……」


 横で見ているだけの龍子も総子の変貌ぶりに驚いていました。


(もしかして、総子に顧客が少ないのは、このせい?)


 ふと思ってしまう龍子です。


(来年の確定申告まで、俺、大丈夫だろうか?)


 左京も総子の圧に脅威を感じていました。


 総子の指導は午後まで続き、仕事が入っていた龍子は、


「左京さん、頑張ってください」


 苦笑いをして帰ってしまいました。


「杉下さん、これ程の訂正箇所があるのは問題です。事務のOA化を進める事を提案します」


 総子は鞄の中からパソコンと税務ソフトのパンフレットを取り出して、左京に渡しました。


「はあ……」


 左京は返事とも溜息ともつかない声を漏らしました。


 


 結局、総子は樹里が帰宅する時間までいました。


 左京は疲れ果てて、ソファにぐったりと座っていました。


「お世話になっております、私、杉下の妻の樹里です」


 樹里は保育所から連絡があって、いつもより早く仕事を終えて戻り、冴里と乃里のお迎えをして帰ってきました。


「お世話になります、税理士の沖田です」


 総子は名刺入れから名刺を取り出して樹里に渡しました。


「先程、杉下さんに事務のOA化をお勧めしました。奥様もご確認ください」


 総子は樹里に提案書を渡しました。


「そうなんですか。よろしくお願いします」


 樹里は得意の速読で提案書を読むと、笑顔全開で言いました。


(燃えたよ。真っ白な灰に。燃え尽きた……)


 左京はまさしくそんな状態でした。


 


 めでたし、めでたし。

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