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樹里ちゃん、法定調書合計表を作る

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は一月三十一日です。


 全てにおいて、ズボラで不甲斐ない夫の杉下左京は、税務署や区役所に提出する書類を全く作成しておらず、土壇場になって樹里に泣きつきました。


「どうしてもできなかったんだよお、樹里ィ! 手伝ってくれよお」


 涙ぐんで樹里に懇願するダメ男です。


「かはあ……」


 何の反論もできない状態の左京は、地の文の指摘に血反吐を吐きました。


「そうなんですか」


 心優しい樹里は笑顔全開で応じ、書類の作成を手伝う事にしました。


 想像を絶するだらしない某芸人を上回るどうしようもない男だと思う地の文です。


「ううう……」


 更に追い討ちをかける地の文にぐうの音も出ずに項垂れる左京です。


 早速、リヴィングルームで書類を出して記入を始める樹里です。


「昨年はお給料を支払った人がいませんでしたから、給与所得の源泉徴収票はありませんし、事務所は自宅で家賃もありませんから、その支払調書は要りませんね」


 樹里が言いました。


「そうなんですか」


 まるっきりチンプンカンプンで返事をする左京です。事務所を畳んだ方がいいと思う地の文です。


「くうう……」


 一番痛いところを突かれた左京は悶絶しました。


「只、弁護士の坂本龍子先生に支払った報酬がありますから、その分の支払調書が必要ですね」


 樹里が不倫相手だった龍子の名前を出したので、ギクッとする左京です。


「不倫相手じゃねえし、ギクッともしてねえよ!」


 ここぞとばかりに地の文に切れる左京です。


「坂本先生の報酬に対する源泉所得税は私が支払っておきましたから、大丈夫ですよ」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 左京は「支払っておいた」という言葉に顔を引きつらせました。


「提出するのは合計表と坂本先生の分の支払調書だけですね。少なくてよかったです」


 樹里は悪気なく言ったのですが、


「かはあ……」


 左京は「少なくてよかった」という樹里の言葉に過敏に反応してしまい、また悶絶しました。


 樹里は一瞬のうちに支払調書と給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表の作成を終えました。


「できましたよ、左京さん」


 樹里が笑顔全開で告げました。


「ありがとう、樹里!」


 スケべな左京は樹里に抱きつきました。


「スケべじゃねえよ!」


 客観的事実を見て意見を述べた地の文に理不尽に切れる左京です。


「左京さん」


 樹里が不意に真顔になったので、左京はビクッとして樹里から離れ、


「何でしょうか?」


 震える声で尋ねました。


「確定申告は大丈夫ですか?」


 樹里の言葉に血の気が引く左京です。


「何もしていません」


 真っ青な顔で左京が言うと、


「では、明日から領収書と契約書の整理をしてください。それが終わるまで依頼は受けないでくださいね」


 真顔のままで樹里が言ったので、


「はい!」


 直立不動で返事をする左京です。そして、


「でも、それだとまた樹里に迷惑をかけるから、少しは稼がないと……」


 左京が恐る恐る言うと、


「稼ぐつもりなら、書類もきちんとしてください。私をいつも頼っているのであれば、働くのをやめてください」


 樹里の言葉があまりにきつかったので、左京は涙ぐみました。


(ああ、樹里を怒らせてしまった。心を入れ替えないと)


 左京は土下座をして、


「きちんとしますので、稼がせてください」


 すると樹里は笑顔全開で、


「わかりました。頑張ってくださいね、左京さん」


「はい」


 左京は書類を封筒に入れて持つと、税務署と区役所へ向かいました。


「ふう」


 樹里は大きな溜息を吐きました。何かがおかしいと思う地の文です。


「お姉さん、ありがとうございます」


 樹里がキッチンの陰から姿を見せました。


「あのくらい言わないと、左京さんは懲りないわよ。貴女は優し過ぎるの。税務関係はきちんとさせないと、後で痛い目を見るのは左京さんなんだから、もっと厳しくね」


 さっきまで樹里だと思ったのは、姉の璃里でした。道理で左京に厳しいはずです。


 璃里は左京のセクハラ視線が嫌だったのです。


「違います! 左京さんにきちんとして欲しいからです!」


 真相を究明したはずの地の文に抗議する璃里です。


「そうなんですか」


 樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。


「さっき左京さんに抱きつかれた時は、キスもされたらどうしようと思ったんだから」


 璃里はその時の事を思い出したのか、顔を赤らめました。


「申し訳ありません」


 樹里は深々と頭を下げました。


 


 璃里は樹里の服から自分の服に着替えました。


 子供部屋にいた長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里、璃里の長女の実里、次女の阿里が来ました。


「パパははんせいしてた?」


 瑠里が訊きました。


「していましたよ」


 樹里が笑顔全開で言うと、


「そうなんですか」


 瑠里と冴里と乃里が笑顔全開で応じました。


「今日は日曜日で税務署は休みだったよ」


 そこへ左京が帰ってきました。


「あ、璃里さん、いらっしゃい」


 何も事情を知らない左京が挨拶したので、


「お邪魔しています」


 笑いを噛み殺して応じる璃里です。そして、


「提出期限は明日ですから、明日出せば大丈夫ですよ」


 うっかり言ってしまいました。


「ああ、そうなんですか。じゃあ、明日出します」


 左京は気づかずに自分の部屋へ行きました。


「気づかなかったみたいね」


 璃里はホッとして樹里を見ました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「確定申告は、全部左京さんにさせないとダメよ。同じ事の繰り返しになるから」


 璃里が樹里に念押ししました。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開で応じました。


 


 めでたし、めでたし。

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