樹里ちゃん、雪だるまを作る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
東京はその日、一面雪に覆われました。
気象庁の予想以上で、バスも電車も止まってしまい、樹里は休みになりました。
不甲斐ない夫の杉下左京は天候に関係なく、今日も休みです。
「ぶはあ……」
図星の中心核を撃ち抜かれ、血反吐を吐いてのたうち回る左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「わーい、わーい、ゆきだ、ゆきだ!」
長女の瑠里と次女の冴里は大喜びです。
「わーい、わーい!」
三女の乃里は訳もわからずにお姉ちゃん達の真似をしてはしゃいでいます。
「屋根の雪が落ちてくると危ないから、雪下ろしをするよ」
仕事がない左京はそう言って脚立を持ってきました。
「仕事がないは余計だ!」
正確な描写をしたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
左京は脚立を上って屋根に上がり、ロープを命綱にして屋根の雪下ろしをしました。
「危ないから離れていて」
近くで見ようとした瑠里達に左京が言いました。瑠里達はきゃあと言いながら、不審者から逃げました。
「不審者じゃねえよ!」
地の文のモーニングジョークに血の涙を流してくれる左京です。
屋根から落とされる雪がドスンと音を立てて地面に落ちます。
瑠里達はそれを見て例の踊りを踊りました。
(あれを見たら、屋根から落ちそうだ)
左京は下を見ないようにして雪下ろしをしました。
一時間程して、雪下ろしが終わりました。
「ご苦労様でした」
樹里が温かいミルクティを持ってきました。
「ありがとう、樹里」
左京はそれを嬉しそうに受け取ると、一口飲みました。
「熱いですよ」
樹里が言うのより早く、左京は口を火傷していました。
「あひあひ!」
涙目になってオタオタする左京です。子供みたいだと思う地の文です。
「ママ、ゆきだるまがつくりたい!」
瑠里が目を輝かせて言いました。
「つくりたい、つくりたい!」
冴里も飛び跳ねて主張しました。
「いいですよ。但し、萌里にミルクをあげたからにします。それまでは、おうちの中で待っていてください」
樹里が笑顔全開で言ったので、
「はーい!」
瑠里と冴里は嬉しそうに玄関へ駆けて行きました。
「滑るから危ないよ!」
左京が口を押さえながら言い、追いかけましたが、
「うわっ!」
自分が思い切り転んでしまいました。
「いでで……」
腰を強打した左京は、そのまま動けなくなり、降り積もる雪の中で凍死しました。
「凍死するか! 雪はもうやんでるし!」
事実を捻じ曲げた地の文に切れる左京です。でも、腰が痛いのは本当です。
「いててて……」
ようやく立ち上がった左京は、腰をさすりながら玄関へ向かいました。
「左京さん、大丈夫ですか?」
樹里が萌里へ授乳を終えて、玄関から出てきました。
「大丈夫だよ」
左京は大袈裟に痛そうにしながら言いました。
「してねえよ!」
更に捏造した地の文にまた切れる左京です。
「無理しないでくださいね」
樹里の優しい言葉に左京はジーンとしてしまいました。
いくら稼ぎがない夫でも、滑って転んで動けなくなったら、いろいろと困るからでしょう。
「やめろ!」
感動の涙を流しかけた左京が地の文に切れました。
結局、左京は樹里に肩を貸してもらって、家の中に入り、リヴィングルームのソファに横になりました。
「パパ、だいじょうぶ?」
瑠里が事務的に尋ねました。
「大丈夫だよ」
それでも嬉しい左京は涙ぐんで応じました。すると瑠里と冴里は、
「じゃあねえ!」
スキップして部屋を出て行きました。
ドライな反応に別の意味で涙が出る左京です。
樹里は膝丈の黒のダウンコートを着て手袋をし、長靴を履いて完全防備です。
瑠里と冴里もお揃いのピンクのダウンジャケットを着てピンクの手袋をし、ピンクの長靴を履いています。
「では、始めますよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「はい!」
瑠里と冴里は敬礼して応じました。
「まずはだるまさんをどこに置くかを決めます。この辺がいいでしょう」
樹里は軒下から二メートル程離れたところを示しました。
「どうしてここなの?」
瑠里が訊きました。
「おうちのすぐそばだと、屋根から落ちてきた雪で潰れてしまうからですよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
瑠里と冴里も笑顔全開で応じました。
「雪の塊を作るには、雪を手で丸めてボールのようにして、ある程度の大きさにしてから、地面を転がして大きくしていきます」
樹里はだるまを置く地点から離れていきます。瑠里と冴里はその後をちょこちょこついて行きました。
「この辺りから転がして行きましょう。まずは手でだるまさんの素を作ります」
瑠里と冴里は地面の雪を手に取ると、先日のおむすびと同じ要領で丸めました。
「上手ですよ、二人共。もう少し、大きくしてみましょう」
瑠里と冴里は雪のボールに更に雪を足し、ひとまわり大きくしました。
「では、地面に置いて転がしてみましょう」
瑠里と冴里は雪の塊を地面にそっと置いて、転がしました。
「ああ!」
二人の目が輝きます。雪が格段に大きくなったのです。
「そのまま、さっきのだるまさんを置くところまで転がしてみましょう」
樹里は自分も塊を作り、地面を転がしてみせました。
「わーい!」
瑠里と冴里は喜んで雪の塊を転がして行きます。
「あまり早く転がすと、壊れてしまいますから、ゆっくり転がしましょうね」
樹里に言われて、二人は走るのをやめ、慎重に転がしました。
やがて、一人では転がせなくらい雪の玉が大きくなりました。
樹里は自分の玉を先にゴールに置くと、戻ってきて冴里の玉を転がしました。
「冴里はお姉ちゃんのお手伝いをしてください」
「はい!」
瑠里と冴里は、
「せえの!」
息を合わせて大きくなった雪の玉を転がしました。
「うーん!」
やがて、二人がかりでも動かなくなりました。
「ママも手伝いますね」
樹里が手を貸しました。三人はよいしょよいしょと声を揃えて言いながら、ゴール地点に雪の玉を転がしました。
「さあ、頭を載せますよ」
樹里がひょいとひとまわり小さい雪の玉をそれより大きくなった雪の玉に載せました。
「お目々とお鼻とお口を付けて、完成です」
樹里は炭で象った物を顔の部分に埋め込みました。
「わーい、だるまさん!」
瑠里と冴里は大喜びで、また例の踊りを踊りました。
「わーい!」
そこへ乃里が出てきて、踊りに加わりました。
「よくできているな、瑠里、冴里」
草葉の陰で左京が言いました。
「生きてるよ!」
最後までいじられた左京が地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里と瑠里と冴里と乃里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。




