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樹里ちゃん、鏡開きをする

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は一月十一日です。鏡開きの日です。


 神棚にお供えした餅を包丁を使わずに木槌や手で割ります。「切る、割る」などの忌み言葉を避けて、「鏡開き」と言うようです。


 ついでに不甲斐ない夫の杉下左京の頭も木槌で割って欲しいと思う地の文です。


「やめろ!」


 自分が不甲斐ないのを自覚しているのか、涙目で地の文に切れる左京です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。


 仏壇の上に棚を吊って急遽作った神棚にお供えしていた鏡餅を左京が下ろして、キッチンのテーブルの上に置きました。


 長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里は興味津々で見ています。


 樹里は授乳を終えた四女の萌里を抱いて笑顔全開で見ています。


「よいしょ!」


 左京が掛け声と共にホームセンターで買って来た小ぶりの木槌で餅を叩きました。


 しかし、普段の行いが悪いせいで、餅はビクともしません。


「ううう……」


 左京はショックで項垂れました。


「左京さん、萌里をお願いします」


 樹里は萌里を左京の預けて、木槌を持つと、


「えい!」


 餅目がけて振り下ろしました。すると、餅は真ん中にヒビが入り、パカッとまさに開きました。


「おお!」


 娘達が歓声をあげました。夫はそれを見て更に項垂れました。


(俺って一体……)


 自分の存在意義を考えて涙ぐんでしまう左京です。


「これをお汁粉しるこやお雑煮ぞうににして食べますよ」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「わーい!」


 瑠里と冴里と乃里は喜びを表す例の不気味な踊りを始めました。


 左京は顔を引きつらせましたが、目を覚ました萌里はそれを見てキャッキャと笑いました。


(あれが楽しいのか、萌里?)


 左京は萌里の独特の感性に更に顔を引きつらせました。


 瑠里は樹里の手伝いをして、お汁粉を作りました。


「我が家のお汁粉は、角餅とこしあんを使って作ります」


 樹里は瑠里に御徒町家直伝のお汁粉の作り方を伝授しています。


「ああ、うちのお袋も同じものを作っていたよ。懐かしいな」


 子供の頃を思い出したのか、左京は目を潤ませて言いました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 お汁粉が完成して、みんなで食べます。萌里はベビーベッドで眠っています。


「おいしい!」


 瑠里と冴里が叫びました。


「おいしい!」


 乃里は食べないうちに叫びました。


「う、うまい!」


 左京はその味に今は亡き母親を思い出し、涙をこぼしました。


(お袋と親父にはもっと長く生きていて欲しかった。そして、樹里を会わせたかった)


 左京は涙を気づかれないように拭い、樹里を見ました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で左京を見ました。


「ごちそうさま! もういっぱいたべたい!」


 瑠里がお代わりをしました。冴里も真似してお代わりをしました。


 乃里は思った程美味しくなかったのか、お代わりをしませんでした。


「じゃあ、俺も」


 左京がお椀を差し出すと、


「すみません、終わりです」


 樹里に言われました。


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で応じました。


「次はお雑煮を作ります」


 樹里は左京を見て言いました。


「お、おう」


 左京は作り笑顔で応じました。


 そして、玄関に飾ってあった鏡餅を持ってきて、今度はうまく木槌で開きました。


「我が家のお雑煮は、角餅とすまし汁で作ります。出汁だしは昆布とかつおの合わせ出汁で、一緒に入れるのは、ごぼう、人参、鳴門なると巻き、青菜です」


 樹里が説明すると、


「それもうちと一緒だ。お袋がいつもそれで作っていたよ」


 また涙ぐむ左京です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 樹里はまた瑠里に作り方を伝授しています。冴里も興味が湧いたのか、お姉ちゃんの横でじっと見ています。


 乃里は飽きてしまったのか、テレビを点けて観ていました。


「完成です」


 樹里がお椀に盛り付け、瑠里がテーブルに運びます。


「いただきまーす!」


 揃ってお雑煮を食べました。


「おいしい!」


 瑠里と冴里が声を揃えて言いました。


「おいしい!」


 乃里は今度は食べてから言いました。


「うまい。うま過ぎる。これ、まさにお袋の味だよ」


 左京はこらえ切れずに涙を流して言いました。


「そうなんですか」


 樹里ももらい泣きしそうになりながらも、笑顔全開で応じました。


「パパ、ないてるの?」


 瑠里が尋ねました。左京は涙を拭って、


「ああ。ママのお雑煮がパパのママの味と同じだったので、嬉しかったんだ」


「そうなんですか」


 瑠里と冴里と乃里が笑顔全開で応じました。それを見て、左京はまた涙をこぼしました。


「左京さん、お雑煮、まだありますよ」


 樹里も涙ぐんで言いました。


「ああ、ありがとう。お代わり」


 左京は鼻水をすすりながら、お椀を差し出しました。


「ああ、るりも!」


「さーたんも!」


「のりも!」


 三人の愛娘の可愛らしさに左京は、


(ああ、本当にこの子達を会わせたかったな)


 そう思って、号泣してしまいました。


「パパ、なきすぎ」


 瑠里がドン引きしました。冴里もです。乃里は、


「パパ、ポンポンいたいいたいなの?」


 左京の腹を撫でました。


「違うよ」


 左京は涙を拭って、乃里の頭を撫でました。


「そうなんですか」


 樹里も涙をこぼして笑顔全開です。


 たまにはこんな終わり方もいいと思う地の文です。




 めでたし、めでたし。

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