樹里ちゃん、初詣にゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は元日です。
樹里達は近所の中くらいの神社に初詣に行くところです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で四女の萌里をベビースリングで抱いています。
長女の瑠里は次女の冴里と手を繋いで行きたがりましたが、
「危ないから、パパと手を繋ぎなさい」
樹里に真顔で言われて、
「はい」
顔を引きつらせて不甲斐ない父親の杉下左京と手を繋ぎました。
冴里も同じです。
「ううう……」
仕方なく父親と手を繋いでいるのがありありとわかって、大きく項垂れてしまう左京です。
三女の乃里は樹里と手を繋げてご満悦です。それを見て更に項垂れる左京です。
しばらく歩いていくと、
「ヤッホー、樹里!」
樹里の親友の松下なぎさが長男の海流と手を繋いで現れました。
長女の紗栄は父親の栄一郎と手を繋いでおり、とても嬉しそうです。
(羨ましいなあ)
左京は思いました。しかし、仕方ありません。片や無職のその日暮らし、片や年収二千万超えの弁護士ですから、子供の愛想も違うのです。
「かはあ……」
厳しい現実を突きつけられ、悶絶する左京です。
「明けましておめでとうございます」
一通り、大人同士の新年の挨拶が終わりました。なぎさは瑠里達と話していて挨拶をまともにしていないのはいつも通りです。
なぎさのミニスカートの丈がまた際どいので、左京はすっかり元気になりました。
「やめろ!」
真相を見抜いた地の文に涙ぐんで抗議する左京です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
しばらくして、一行は神社の前に着きました。
この世界では、ソーシャル何たらはありませんので、人でごった返しています。
密も密、自粛警察が顔を真っ赤にして怒りそうなくらいです。
「瑠里も冴里も、パパの手をしっかり握っているんだぞ」
左京が言いました。
「うん」
上の空で返事をする瑠里と冴里です。
「ううう……」
また元気がなくなる左京です。なぎさのミニスカートを見たらいいと思う地の文です。
「子供の前でやめてくれ!」
涙を流して地の文に切れる左京です。子供がいなければ見るのですね?
「ち、違うぞ!」
深層心理の奥底を覗かれてしまったので、動揺しながら地の文に切れる左京です。
「パパ、ママたち、いっちゃったよ」
瑠里がグイグイ左京の手を引きました。
「ああ、すまない、瑠里」
我に返った左京は瑠里と冴里を伴って、境内を進みました。
参拝客が連なっていて、お参りがすむまで相当な時間がかかりそうです。
すでに乃里は嫌がり始めていますが、
「乃里、いい子にしてくださいね」
樹里が真顔全開で告げたので、
「はい」
乃里は顔を引きつらせて応じました。それを見た瑠里と冴里もだらだら歩いているのをやめました。
(すごいな、樹里。子供達が、俺の言う事もあれくらい聞いてくれるといいんだが)
左京は思いました。
それは無理です。樹里は左京の五倍は稼いでいるのですから。
「ケハッ!」
あまりにも厳しい事を言われたので、喀血する左京です。
(人間、金が全てなのか?)
女の子ではないのに涙が出てしまう左京です。
左京の場合、大金を稼いでいたとしても、人間的にはダメなので、無理だと思う地の文です。
「それはどういう意味だよ!」
正しい指摘をしたはずの地の文に理不尽に切れる左京です。
列が少し進んだところで、
「パパ、おしっこ」
冴里が言いました。
「ええ?」
左京はびっくりして樹里を探しましたが、樹里達はずっと前まで進んでおり、とても声が届きません。
「俺が女子トイレに連れて行く訳には……」
すると瑠里が、
「パパ、あっちのトイレなら、だいじょうぶだよ」
指差しました。それは簡易トイレで、男女の区別はありませんが、長い行列ができていました。
「パパ、もれちゃうよお」
冴里は泣きそうな顔で言いました。行列に並んでいたら、とても間に合いそうにありません。
その時でした。
「冴里ちゃん、こっちへ」
巫女姿の女性が声をかけてくれました。
「さあ、お父さん」
女性は左京に笑顔で言いました。
「あ、貴女は……」
それは左京のかつての不倫相手である斎藤真琴でした。
「違います!」
真琴は真顔で地の文に切れました。左京はそれどころではなく、冴里を抱きかかえて真琴についていきます。
瑠里は真琴と手を繋いで走っていました。
何とか、冴里はお漏らしを免れ、社務所のトイレで事なきを得ました。
「真琴ちゃんがいてくれて助かったよ。ありがとう」
左京はハアハア言いながら、真琴にお礼を言いました。変態です。
「そのハアハアじゃねえよ! 息が切れているだけだよ!」
地の文に切れる左京です。
「お礼なら、左京さんが後で個人的にしてください」
真琴が耳元で言いました。左京はびっくりして真琴を見ました。
「デートをしてください」
真琴はニッコリして言いました。
「いや、あのその……」
左京が動揺していると、
「冗談ですよ。では」
真琴は微笑んで瑠里達に手を振ると、社務所に戻っていきました。
「まこちゃん、ありがとう!」
「ありがとう!」
瑠里と冴里は手を振り返して言いました。
「デートしてあげれば、パパ」
ニヤリとして言う瑠里です。
「しないよ」
左京はませ過ぎの瑠里に顔を引きつらせて言い、
(聞かれたのか。まずいな)
瑠里が全部樹里に話してしまうと思いました。
「左京さん、どうしたのですか?」
姿が見えなくなったので、心配した樹里が乃里と一緒に戻ってきました。
「すまない。冴里がトイレに行きたくなってさ……」
左京は事情を説明しかけましたが、真琴の事をどう話せばいいのか、一瞬迷いました。
「まこちゃんがいてさ、さーたんはだいじょうぶだったよ」
瑠里が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(まずい!)
左京は焦りましたが、話はそこで終わり、瑠里は真琴との事を言いませんでした。
「パパ、一つ、かしね」
瑠里はニヤリとして言いました。ギクッとする左京です。
「申し訳ありませんでした。私が一緒にいれば、よかったですね」
樹里が誤ったので、
「いや、そんな事はないよ。何もなかったんだから、謝らなくていいよ」
後ろめたさでいっぱいの左京は嫌な汗をしこたま掻いて言いました。
「左京さんは優しいから大好きです」
樹里のその言葉に更に後ろめたさが倍増する左京です。
左京達は列に並び直して、お参りをすませました。
「楽しかったよ、樹里。良いお年を」
一拍ずれた事を言ったなぎさとは神社の前で別れました。
「俺達も帰ろうか」
左京は瑠里としっかり手を繋ぎ、冴里ともしっかり手を繋いで帰りました。
「のんたんもパパとてをつなぐゥ!」
乃里がそんな事を言い出したので、左京は泣きそうになりました。
(瑠里の教育にも悪いから、気をつけないとな)
左京は身を引き締めました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。




