樹里ちゃん、大掃除をする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は五反田邸の大掃除の日です。
もちろん、一日で終わるはずもないので、三日間続きます。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開ですが、もう一人のメイドのキャビーは引きつり全開です。
「私は目黒弥生! キャビーなんていうヘンテコな名前じゃありません!」
前回に引き続き、名前ボケをかまされた弥生が地の文に切れました。
そういう事で、樹里はすでに五反田邸にいるので、不甲斐ない夫や変態ストーカー集団の登場はありません。
「うるせえ!」
どこかで切れる仕事がない人間の杉下左京です。
「ううう……」
現実を突きつけられて項垂れる左京です。
「我らは何も望みません。樹里様がご無事であれば、それでよいのです」
昭和眼鏡男と愉快な仲間達は大人の対応をしました。
ちょっと悔しい地の文です。
「樹里さん、一つ訊いていいですか?」
弥生が一階の窓拭きをしながら言いました。
「いいですよ」
樹里は窓に液体洗剤をスプレーで噴きかけながら笑顔全開で応じました。
「このお邸、以前住んでいた人が殺人事件を起こしたって聞いたんですけど、本当ですか?」
弥生は声を低くして続けました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。
「え? 樹里さんは知らないんですか?」
弥生は意外そうに目を見張りました。
「私はここで働き始める時、旦那様からそのようなお話は聞きませんでしたよ」
樹里は洗剤を拭き取りながら言いました。
「いや、旦那様はそういう事はおっしゃらないと思いますよ。誰かから聞いていないのですか?」
弥生は苦笑いをして言いました。
「聞いていませんよ」
樹里は更に笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
弥生は苦笑い全開で応じました。
しばらくして、樹里と弥生は二階の部屋の掃除を手分けをして始めました。
(確か、二階の西の突き当たりの部屋で女の人が殺されたって聞いたんだけど)
弥生は自分が受け持ったのがまさにその部屋がある方だったので、ビビっていました。
どうしてそんな昔の事を弥生が言い出したのかと言いますと、バカだからです。
「違うわよ! この前、首領じゃなくて水無月皐月先生が遊びに来た時、そんな話をしていったからよ!」
地の文の適当な描写に切れる弥生です。
(うわ、ここだ)
そんな事をしているうちに弥生はその部屋の前に来ていました。今日で彼女はその命を散らしてしまうのでしょうか?
「やめてよ!」
怖がらせようとした地の文の誘導にまんまと引っかかって怯える弥生です。
(ああ、どんどん怖くなってきた……。どうしよう?)
弥生はその部屋を後回しにして、別の部屋を掃除する事にし、樹里を呼んで一緒に掃除しようと考えました。
しかし、他の部屋の掃除を全て終わりにし、樹里を呼びに行ったのですが、樹里がどこにもいません。
それどころか、周りの景色がいつもと違っているのです。
(おかしいな、二階の廊下、こんな壁の模様だったっけ?)
その模様は人の顔のように見えました。弥生は寒気がして、周囲を見渡しました。
「え?」
すると、廊下の向こうに斧を振り上げた大きな身体の男が現れました。顔は般若の面で隠されています。
桃太郎○でしょうか?
「違うよ!」
斧男が地の文に切れました。
(何何、どういう事?)
弥生はパニックになっていました。斧男が目の前まで来ました。
「いやあ!」
弥生はかろうじて振り下ろされた斧をかわして、男から逃げました。
廊下を全速力で走りましたが、一向に階段が現れず、廊下も無限に続いているように見えます。
(どういう事? どういう事?)
弥生は嫌な汗をたくさん掻きながら、それでも懸命に廊下を走りました。
「うおおお!」
斧男はまだ追いかけてきます。
「いやああ!」
弥生は悲鳴をあげて走りました。
「あった!」
ようやく階段が見つかりました。弥生は転がるようにして階段を駆け下りましたが、途中でなくなっていました。
「どういう事よ!?」
涙ぐんで叫ぶ弥生です。そこへ斧男が追いつきました。
「いやあ!」
弥生はまた振り下ろされた斧をかわし、男から逃げようとしました。
「きゃああ!」
ところが男は素早く反転し、弥生の右の二の腕を掴みました。そのせいで二の腕がプルプル揺れました。
「やめて!」
気にしている事を容赦なく言った地の文に泣きながら抗議する弥生です。
「うおおお!」
弥生を羽交い締めにした男は弥生の平らな胸に斧を振り下ろしました。
「平らとか言わないで!」
地の文に切れながら、弥生は気を失いました。
「弥生さん、こんなところで寝ていたら、風邪をひきますよ」
樹里に揺り動かされ、弥生は目を覚ましました。そこは二階への階段の踊り場でした。
(夢だったんだ。よかった)
弥生はホッとして、
「すみませんでした」
赤面して立ち上がり、掃除を続けました。雑巾が汚れてきたので、弥生はバケツの水で洗うために袖をまくりました。
「え?」
右腕にくっきりと大きな手の痕が残っていたのです。
(そんな、まさか……?)
汗が背中を伝わるのを感じました。
「どうしたのですか、弥生さん?」
樹里が声をかけました。
「いえ、何でもありません」
弥生は右腕を見られないように袖を下ろして、掃除を再開しました。
「二階の廊下で、男の人に追いかけられたのですか?」
不意に樹里が言ったので、弥生はビクンとしました。
「大丈夫ですよ。追いかけてくるだけですから。私は何度も追いかけられていますので」
樹里は笑顔全開で言いました。
「えええ?」
弥生は仰天しました。
(何度もあるって、それって完全に心霊現象では?)
漏らしそうになる弥生です。
「いつも大掃除の時になると現れるようです。慣れれば怖くありませんよ」
樹里は事もなげに笑顔全開で付け加えました。
「そうなんですか」
弥生はそのまままた気絶してしまいました。
「弥生さん、大丈夫ですか?」
樹里はすぐに脈拍を測り、瞳孔反応を看ました。
「気を失っているだけですね」
樹里は弥生を背負うと、階段を降りて行きました。
その樹里を斧を持った男が階段の上から見ていました。
どっとはらい。




