樹里ちゃん、年賀状を作る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。樹里は仕事がお休みです。
不甲斐ない夫の杉下左京は毎日が日曜日です。
「うるせえ!」
正確な事を言ったはずの地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
日曜日なのですが、樹里は休んでいられません。
リヴィングルームにパソコンとプリンターを用意して、年賀状を作っています。
左京が怠けていたので、年賀状ができていないのです。
「違うよ! 瑠里が出す年賀状が尋常な数じゃないんだよ!」
自分の長女の瑠里のせいにする父親として終わっている左京です。
「ううう……」
言われてみれば大人げなかった事に気づいた左京は項垂れました。
瑠里は今時の子にも関わらず、年賀状をクラスメート全員に出す古風な女の子です。
実は、ボーイフレンドのあっちゃんがそうしているので、真似しているだけなのは最高機密です。
「バラさないでよ!」
地の文に可愛く切れる瑠里です。
(瑠里は可愛いなあ。樹里にどんどん似てきている)
左京はデレッとして瑠里を見ていますが、瑠里の中身は祖母の由里に似ているのは忘れているようです。
「かはあ……」
嫌な事を思い出して、血反吐を吐く左京です。
血反吐を吐く程嫌っている事を由里にしっかり伝えようと思う地の文です。
「やめろ!」
今度は血の涙を流して地の文に抗議する左京です。
「左京さん、今年はありささんと蘭さんには年賀状を出しますか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「いいよ、あの二人は。ありさは一度も返事をくれた事がないし、蘭は毎年気持ち悪い程ラブラブな写真入りのを送ってくるから」
左京がうんざりした顔で告げると、
「わかりました、出しておきますね」
樹里が意味不明の返事をしました。地の文の推察では、「いいよ」しか聞こえていなかったのだと思います。
「そうなんですか」
左京は呆気に取られながら、樹里の口癖で応じました。
「ママのママに出したい!」
瑠里が言いました。
由里は「おばあちゃん」などの老人を連想させる呼称を嫌うので、その辺の気遣いには長けている瑠里は「ママのママ」と呼んでいます。
「ママのママにはパパが出しますから、出さなくていいですよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
「やだやだやだ! ママのママに出したいー!」
瑠里が駄々をこねました。これはある意味、瑠里の由里に対する胡麻すりでしょうか?
左京が出さなければいいと思う地の文です。
「由里さんも、瑠里からの年賀状は嬉しいんじゃないか?」
左京が樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で承諾しました。
「わーい、ママだいすき!」
瑠里は大喜びです。
(ママを説得したのパパなんだが……)
瑠里に喜ばれたい左京は切ない顔をしました。
瑠里はクラスメートだけではなく、小学校入学以来同じクラスになって今は別のクラスになった子にも年賀状を出しているので、その数は五十を超えます。
左京の年と同じくらいです。
「俺はまだ四十四歳だよ!」
細かい年齢の違いにも反応するまるで元泥棒のような左京です。
「うるさいわね!」
どこかで切れる元ドロントの水無月皐月です。
「パパッて、四十四さいなんだ。おじいちゃんだね」
瑠里が笑いながら言いました。
「そうなんですか」
娘におじいちゃん呼ばわりされて、切なさと愛しさと心強さが胸にこみ上げてくる左京です。
「瑠里、そんな事を言ってはいけません」
樹里が久しぶりに真顔で言ったので、
「ごめんなさい、ママ!」
瑠里は顔を引きつらせて謝りました。
「謝るのはパパにです」
更に真顔で告げる樹里です。
「ごめんなさい、パパ」
瑠里は涙を流しながら左京に謝りました。
「いいよいいよ。瑠里は悪気はなかったんだもんな」
左京は微笑んで瑠里を慰めました。
「パパ、だいすき!」
瑠里は左京に抱きつきました。
「そうかそうか」
左京は瑠里の頭を優しく撫でましたが、瑠里が左京と樹里に見えないように舌を出したのは知りません。
やはり、瑠里は祖母の遺伝子が強いと思う地の文です。
「左京さん、それでは瑠里のためになりません」
樹里の真顔攻撃が左京にも及びました。
「そうなんですか」
左京は涙ぐんで応じました。
「いけない事はいけないと教えないと、そのまま育ってしまうのです」
樹里は攻撃の手を緩めずに左京に詰め寄りました。
「はい。ごめんなさい」
左京は土下座をしました。
やがて、年賀状は全て無事に完成しました。
「年賀状は十五日から受付ですから、その日に出してください」
樹里は一番暇な左京に言いました。
「くはあ……」
図星を鋭く突いた地の文のせいで悶絶する左京です。
「あれ?」
左京は年賀状の中に知らない宛先のものがあるのに気づきました。
「樹里、これは誰だ?」
気になった左京は樹里に尋ねました。
「それは左京さんがいつもお世話になっている地の文さんですよ」
樹里から衝撃の名を告げられた左京は、
「うわあああ!」
驚きのあまり、絶叫しました。
「左京さん、寝ていたのですか?」
樹里の声で左京は目を覚ましました。
年賀状を印刷している途中で寝てしまったようです。
「申し訳ない」
平謝りする左京です。ダメな大人の見本だと思う地の文です。
「くう……」
地の文の指摘にぐうの音も出ない左京は悶絶しました。
「完成しましたよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
「わーいわーい!」
瑠里が大喜びしています。次女の冴里と三女の乃里も意味もわからずに喜んでいます。
そして最終的には、奇妙な踊りを始めました。
(何度見ても怖い)
左京は身震いしました。
「左京さん」
樹里がリヴィングルームの隅から呼びました。
「どうした?」
左京は子供たちから離れて樹里に近づきました。
「瑠里の事、ありがとうございました。左京さんが瑠里を庇ってくれたおかげで、効果があったようです」
樹里が耳元で言ったので、
「ああ……」
気持ち悪い声を出してしまう左京です。
「瑠里も冴里も乃里も萌里も、みんな樹里に似ていい子だからだよ」
左京が樹里の耳元で言いました。
「ありがとうございます」
樹里は顔を赤らめて言いました。
そして、娘達が見ていないのを確認すると、キスをしました。
めでたし、めでたし。




